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なおすけの日記

来る者は拒まず 去る者は追い回す

涙がとまりません。

泣いた。久々にこんなに泣いた。

自然と涙が溢れてきました。

 

どうも、なおすけです。

めっちゃ泣きました。

涙腺が崩壊しました。

 

 

コンタクトレンズデビューしたよ☆

なんの映画のレビューだろうか。

はたまた、どんな本を読んだのだろうか。

そんな好奇心を徒らに弄んでしまい、すみませんでした。

今回はボクがコンタクトレンズに泣かされた話です。

 

まず前提として、ボクは普段メガネをかけています。無論、目が悪いからです。

しかし、コンタクトレンズをつけたことはありませんでした。それはなぜか。

コンタクトレンズにいいイメージを持っていなかったからです。

目にあんなにデカい異物を入れるなんて、考えられません。ちょっとまつ毛が入っただけでもごろごろするのに。

「コンタクトにする理由は何があるんでしょうか? メガネじゃダメなんでしょうか? 」(by蓮◯)

 

そんなある日、バイト先でボクのメガネについて、社員の方から指摘がありました。

「フレーム変えた方がいいよ」と。

 

どうやらボクのメガネは、ビジネスの場に適さなかったようです。

無個性というコンプレックスの反動から、個性的なものを身につけようとする、ボクの性格が仇となりました。

仕方ない、買い換えるかぁ。でも、二つ持っててもなあ〜。うーん。

コンタクト、いっとく? いっちゃう?

 

結局、渋々コンタクトに替える決心をしました。

 

「目に課金するなら、メガネに限る! 」な人、「コンタクト、試してみたいけどちょっと不安…」な人、「『メガネくん』というあだ名を卒業したい!」な人は、これから語られるボクの経験を参考にしてみてください。

 

◆いざ、メガネスーパーへ  

さて、さっそく休日を利用して、コンタクトレンズを作るためにメガネスーパーさんに足を運びました。メガネ派のボクが、メガネ屋さんでコンタクトを作るはめになるとは、なんと皮肉な運命。

 

店内に入り、コンタクトを作りにきた旨を伝えます。すると、どんなコンタクトを作りたいか尋ねられました。どんなコンタクトだって? コンタクトはコンタクトだろ!

これまでコンタクトへのコンタクトを拒み続けてきたため、知らなかったのですが、ハードタイプとソフトタイプがあるんですね。無知って怖い。

たいてい、自分を戒めるのが好きな人はハードタイプを、ここ最近人の優しさを感じていない人は、ソフトタイプを選ぶそうです。

 

 

……ちゃんと説明しますね。

 

【ここが違うよ!ハードコンタクトとソフトコンタクト】

〈つけ心地〉

・ハードタイプ

その名の通り少し硬めのレンズです。そのため、はっきり言ってつけ心地は最悪です。眼科の先生曰く、「毎日つけてれば慣れてくるよ」らしいのですが、

じゃあ先生に質問です。

まいにち まいにち 心ない中傷を浴びせられ続けたら、いつか傷つくことに慣れますか?

 

「…耐えない、裁くの!」

 

はい。次行きます。

 

・ソフトタイプ

こちらも名前の通り柔らかいレンズです。一度、人のソフトレンズを触るという貴重な経験をさせてもらったことがありますが、フニャフニャでした。あんなもの使ってるやつはフニャチン野郎だ。男なら、ハードだろ!(伏線)

 

〈使用期間〉

・ハードタイプ

視力が変わらなければ、2〜3年は使えるそうです。が、諸行無常な世の中。変わらないものなどありません。ならばせめて、良いほうに変わってほしいものです。そんな願いも虚しく、視力が低下してしまった際には、交換が必要になります。

保証に入れば期間中(1年間)は無料で交換可能ですが、保証期間を過ぎるとお金がかかります。視力を死守しましょう。

 

・ソフトタイプ

「ワンデイ」とか「ツーウィーク」とかってよく聞きますよね。同じソフトタイプでも、種類によって安全に使用できる期間が違うみたいです。

 

「ワンデイを一週間ぐらいつけてしまったww」

「俺ツーウィークを一ヶ月つけてたことあるよww」

 

知らんがな。

寝てない自慢に近いものがありますね。ソフトレンズユーザーは気をつけましょう。

 

〈値段〉

長期的に使っていくのであればハードタイプのものを買う方が安く済みます。両眼で2万円くらいです。保証をつけたりしていくともう少しかかりますが。

それに比べてソフトタイプは使い捨てのため、どうしてもコストがかかります。

普段はハードを使い、旅行などのときにはソフトを使うという、併用パターンもありです。旅先でレンズを失くせば二度と出てきませんからね。

 

 ◆ハードコンタクト、君に決めた!

結局、眼科の先生にゴリ押しされて、ハードコンタクトを作ることにしました。

そして視力を測ったあと、コンタクトレンズをつける練習をしました。

 人生で初めて、自ら目に固形物を入れました。まさかこんな日が訪れようとは。初めてメガネを買いにいった5年前のボクに言いたいです。「お前、5年後、自ら目に固形物入れてるぞ」

 

10分ほど眼瞼閉鎖反射(がんけんへいさはんしゃ)と格闘し、ついに目に異物を入れることに成功しました。視界の新世界編、突入です。

 

正しくつけられているか先生にもチェックしてもらいました。

 

「うん、いい動きしてますね。」

 

いや、「普段は口数が少ないけど選手の状態を見抜く力は抜群な名コーチ」かよ。

そしてボクは、「スポーツ漫画にありがちな、覚醒状態の主人公」かよ。このあと敵キャラに圧勝するフラグかよ。

 

爽やかに勝利を収めるクールな主人公像とは対照的に、このあとめっちゃ泣きました。もう、とにかくごろごろする。

目を慣らすためなのか、15分くらい外させてもらえませんでした。

 

以下、15分間回想。

(うわめちゃくちゃ目、ごろごろするじゃん。こんなのむりだろ。コンタクトユーザーはやっぱ鬼畜だ。慣れるわけない。もし慣れるときがきたら、そのときは人として大事ななにかを失ってるだろ。痛って。ソフトにすりゃよかった。もうフニャチン野郎でもなんでもいいから、今からソフトコンタクトに変えたい。涙とまらん。死ぬ。ストレスで死ぬ。⦅伏線回収⦆)

 

涙で滲んだ視界の先には、メガネスーパーさんの店内に規則正しく陳列された無数のメガネが。

(ああ、個性的なフレームの数々。それに比べりゃ、ボクのメガネフレームなんて、たいしたことなかったんだな。コンタクトになんて手を出すんじゃなかった。自分を信じるべきだった。自分のメガネフレームを信じてやるべきだった。神様どうか、時が戻るなら。ああ。。。)

 

 ◆後日談

数日後、家に届いたコンタクトレンズをつけてみると、

意外とたいしたことありませんでした。慣れってすごいね!

 

 

来世は、レーシック手術を受けてみたいです。

 

 

おわり。

 

完全なる素人がジャズバーに行ってきた話。

 

どうも、なおすけです。

 いやあ、ジャズって、いいもんですね。

 

先日、ジャズデビューしてきました。

 

かつて、バイト先で一緒に働いていた仲間にジャズマンがいました。ドラマーです。

その方がライブをやるということで、前からジャズに興味があったボクは、一度いってみることにしました。

 

前から興味があったとはいっても、そこまで熱はありませんでした。ただなんとなく、ジャズ、いいなー と思う程度。きっかけは「坂道のアポロン」です。ジャズをテーマにしたアニメです。

 

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主題歌をYUKI(坂道のメロディ)が歌っていたことで興味を持ちました。さらにエンディングは秦基博(アルタイル)。豪華なんです。どちらの曲も、間違いありません。ぜひ聴いてみてください。そしてその曲に負けないアニメの世界観。ノスタルジックでメランコリックなストーリーに心揺さぶられます。

そんなアニメの雰囲気と、ジャズの持つ独特な空気感がマッチし、なんともおしゃれな仕上がりになっております。

 

ジャズとの関わりはほんとうにその程度でした。あとは、作中に出てくる「moanin' 」「lullaby of birdland」「some day my prince will come 」などを、たまーに聴くぐらい。このおかげで、「ジャズ=おしゃれ」の構図がボクの中でできあがってしまっていました。

 

 

やはりボクは、なんにもわかっていませんでした。

ライブで生のジャズを体感したその日から、イメージががらりと変わりました。

ジャズが即興性のある音楽だということは理解していたのですが、ここまで自由だとは思いませんでした。

ピアノ、ベース、ドラム、サックス がそれぞれ尊重しあい、ときに暴れ、目まぐるしく変化していきました。たしかにおしゃれというイメージは間違ってはいませんでした。しかし、それとは対照的に、それぞれが演奏の中で理想的な音楽を模索しようとする「泥臭さ」も感じました。とにかく熱量がすごい。

もがいているときは、見ていられないほど苦悶の表情を浮かべます。そのくせ、ピタッとハマったときなんかは、水を得た魚のように生き生きし出します。彼ら、音の海を非常に楽しそうに泳ぎまわるのです。

 

ただ、知識の浅い(というかほとんど無に等しい)素人のボクにとっては、どこがアドリブなのかの判断が困難でした。それが少し残念ではあります。まあおそらくはほとんどアドリブなのでしょうけど、元の曲を知らないことには、どこまで原型を保ち、どれだけ崩しているのかがわかりません。それがわかると、演奏中のアイコンタクトの意味も、ジャズを楽しむ要素の一つになるのかなと思ったりもしました。

 

ジャズ、どうやら思っていた以上に奥が深いぞ。そしてそれだけ楽しみ方も多様であると予想します。知れば知るほど、深みにハマっていきそうです。もう少し勉強して、また近いうちに足を運ぼうと思います。

 

 

「スマホ」というテクノロジーによるパラダイムシフト。

どうも、うっかり者のなおすけです。

 

今日、家を出るときうっかり財布を忘れてしまいました。みなさんも、一度くらいは経験があるのでは? そして、そんな自分に「何しに行くんだよ! 」とツッコミを入れてみたり。

 

まあ、たまにはそんなときもあります。人間なんだから。ヒューマンエラーがあることこそ正常なことです。

スマホを取り出し、まだ時間的に余裕があることを確認し、引き返しました。と、ここで、興味深い事実に気づきました。

 

そういえば、スマホは忘れたことがないな。

こいつ、おそらく「うっかり」の範囲外にいます。

歴史的に見て、スマホって携帯電話の延長ですよね。現在「ガラケー」と呼ばれる携帯電話を所持していた時代には、せいぜい電話かメールをする程度でした。

それが今ではどうでしょう。

ボクはたぶん、スマホがなければ、電車の乗り換えはわからないし、奇跡的に駅に着いたとしてもそこから道に迷うだろうし、今いる場所を確認することもできずに立往生してしまうことでしょう。知らない土地にスマホ無しで投げ出される状況、想像するだけでゾッとします。

 

つまり、目的を達成する以前に、目的地まで到達することさえできないのです。先ほどの自分へのツッコミ「何しに行くんだよ! 」ではなく、「どうやって行くんだよ! 」状態です。財布がなければ目的(ex. 飯を食う、服を買う)は果たせないけど、スマホがなければ、慣れてない限りその場所まで行くこと自体困難です。マラソンに例えるなら、ゴールする以前に、スタートにすら立てないのです。

これが、「スマホは忘れないが、財布は忘れてしまうことがある」理由の一部ではないでしょうか。ゴールできるかはともかくとして、とりあえずスタートには立てるように、的な。

 

実は財布を忘れてしまったことに気づいたとき、ボクは一瞬、「財布なくてもいけんじゃね? 」と思ってしまいました。まあ無理なんですけど。いや、スマホカバーにPASMOが入っていればあるいは……。

 そのくらい、スマホがあればなんでもできてしまうんですよね。家を出るとき、もはやボクの中での優先順位は 財布<スマホ になっているのでしょう。

 

考えてみれば、常に手の届く範囲にはスマホがあります。

朝起きてスマホ。移動中にスマホ。三度の飯より断然スマホ。寝る直前にもやっぱりスマホ。いつでもスマホ。どこでもスマホ。うぉーうぉうぉうぉー さあ輪になって、スマホ

命の次に大事な物は何かという問いに対する「スマホ」という答えを、我々は笑えなくなってきています。

 

 

この機会に一度、スマホより大事なものについてちゃんと考えてみようと思います。

 

ボクとムシキング。

こんにちは、なおすけです。

 

みなさん、ムシキングって覚えてますか?

セガが誇る大ヒットアーケードゲームで、主にカブトムシやクワガタムシを操って戦うゲームです。操るといっても、格ゲーみたいに虫を動かすわけではなく、手元にあるグー・チョキ・パーのボタンを押して技を発動させる、とてもシンプルなものです。

要はじゃんけんです。相手の手を読み、それに勝つ手を出すだけの簡単なゲーム。

 

そんな、なんのひねりもない子どもだましのようなゲームに、疑うことを知らないピュアな少年だった当時のボクは熱狂したものです。確か小学校3〜4年生くらいだったかと。地元のスーパーに置いてあるムシキングの台には、放課後をじゃんけんに捧げることに一切の迷いがない、甲虫王者の卵たちが常に行列を作っていました。

 

今となっては、なぜあんなものに享楽を感じていたのか不思議でなりません。しかし、子どもというのはそんなものです。どの時代においても、新しく、珍しいものには心惹かれます。まだ狭い世界に生きている子どもともなればなおさらです。

 

そんな一時代を築き上げた画期的なエンターテインメントも、新興勢力の台頭により廃れ、忘れ去られてしまいます。

それでも、当時の熱狂ぶりが多くの大人たちの記憶に刻まれていることは間違いありません。

 

今朝、その記憶が呼び覚まされました。

 

◆新・甲虫王者 ムシキング

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懐かし〜。

今朝は炊飯器を買いに、ヤマダ電機へ行きました。無事炊飯器を買い、帰ろうとしたところ、見つけてしまいました。

 

多少リニューアルされていますが、ビジュアルや雰囲気は10年前とほとんど変わっていない気がします。

一瞬で10年前に戻らされたボクは、気づけば台の前に座り、財布を取り出していました。(注:22歳男性)

 

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ゲームが終わるとムシキングのカードが貰え、次回以降そのカードをスキャンして遊ぶのですが、今回は初めて遊ぶので、キャラクターは自動で決められました。

よろしくな、サンホンヅノカブト!

 

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対戦相手は、みるからに弱そうです。コクワガタなんて、田舎に住んでたら網戸にはりついてるからね。お前じゃ役不足だ。変われ。

 

そんな要望は聞き入れられるはずもなく、(無視キングとかってギャグはもう聞き飽きたと思うので、割愛。)強制的に対戦開始。

 

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は?

 

いやいや、勝ち!!じゃねえよ、待て。

なんだこれ。

これ、なにがおもろいん?もしかして馬鹿にしてる?言われた通りにボタン押すだけで、こんなもんゲームでもなんでも……

 

 

 

……はっ!

…いや、あの、すいません。そんなつもりではありませんでした。ちょっと大人気なかったです。ごめんなさい。

難易度の低さに興が削がれ、10年前にタイムスリップしていた自分が一気に現代に呼び戻されてしまいました。

我に帰り、冷静な判断力を取り戻すと、そこにはアーケードゲームを楽しむ大人が。

「ここでやめたら負けだ!最後までやりきれ!」と必死で自分を鼓舞し、なんとか気を保ちました。

 

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対戦が終わると、ムシ採りをさせてもらえました。なるほど、ここで捕まえたムシがカードになって出てくるというわけか。

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お、強そう。どうなんだろう。

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ヘルクレスオオカブト。

いきなりカブトムシの王様を出してくるなよ、、、一発目でこれはありがたみないわ。

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まとめ

10年以上も前に流行ったムシキング。それが今もほぼ同じ形で残っていることに感動を覚えました。と同時に、自分が大人になってしまったことへの寂しさも感じました。

子どもから大人になるにつれて、虫は触れなくなり、じゃんけんは心の探り合いになり、カードはクレジットになります。そして無邪気で無敵だった少年は、知識を得れば得るほど、既存のものがつまらなく感じてしまいます。それを受け入れながら人は大人になるんですね。

しかしその気になればいつでも子どもに戻ることは可能です。今回のボクのように、ふとしたことがきっかけで、男は少年に 女は少女に 一瞬で戻ることができると思います。

これから先、悩んだり苦しんだりすることがたくさんあると思います。そんなときは一度、純粋だったあの頃に戻るために、ムシキングで遊んでみるのも悪くないかもしれません。

 

「僕だけがいない街」を読んで。

このタイトル、読書感想文かよ。

 

どうもなおすけです。

前回のブログ更新から今まで、ホワイトデー、高熱、ノロウイルス、卒業式、退寮、引越し、などなど ブログのネタになりそうなトピックはたくさんありました。

 

しかし超弱小ブロガーであるボクは、気まぐれな更新を心がけていこうと思います。(どんな心がけだ)

 

さて、唐突ですがみなさん、ノイタミナを知っていますか?

耳にしたことくらいはあるのではないでしょうか。ざっくり説明すると、フジテレビ系列で深夜に放送されているアニメのことです。

ちなみにノイタミナという名前はanimation(アニメーション)のスペルを逆からローマ字読みしたもので、アニメの常識を覆したい、全ての人にアニメを楽しんでほしい、という想いからつけられたものです。周りの友達にも教えてあげましょう。尊敬されます。(尊敬されるとは言ってない)

 

そんなノイタミナ作品の中でボクが最近気になっていたのが「僕だけがいない街」です。

 

周りの友達にも勧められていたし、SNSでも「僕街絶対見た方がいい」との声をさんざん目にしてきました。でもアニメ視聴の時間はなかなかとれないし、原作の漫画を読もうと思っても買うのは面倒だしで、ここ数ヶ月ずっともやもやしっぱなしでした。

 

その日も(あー僕街読みてー僕街どっかに落ちてないかなー全巻まとめて落ちてないかなー新刊で落ちてないかなー)と考えながら、最近引っ越してきた街のラーメン屋にふらっと入りました。

 

あ、あった。

そのラーメン屋は漫画喫茶かと思うほどたくさん漫画が置いてありました。もはやラーメンにこだわりのある漫画喫茶でした。そしてボクが数か月待ち望んだ漫画は確かにそこにありました。神様ありがとう。

一番人気のラーメンを注文し、急いで食べ終わると、すぐに「僕だけがいない街」を棚から取り出してきて読み始めました。

 

〈感想〉

とても感動しました。なんていうんでしょう、この、スープの麺にからみつくような濃厚さ、口に入れた瞬間に鼻から抜ける豚骨の…

 

……え?  

 

この喉ごしが……え?

 

…あ、ラーメンの感想じゃなくて?

 

 

(失礼しました。気を取り直して)〈感想〉

とても感動しました。不覚にもラーメン屋で涙を流しそうになりました。かなり危なかったです。

タイムリープものは、時間のズレにより時系列がごちゃごちゃになってよくわからなくなることがありますが、僕街はそんなことはなく、シンプルでわかりやすかったです。

構成はシンプルなのですが、物語の部分部分に伏線がちりばめられていて、その伏線を回収していくさまは読んでいて気持ちよかったです。

トーリーは、凶悪な殺人事件を阻止するというもので、犯人は胸糞悪くなるような悪(あく)です。それとは対照的に、主人公を中心とした周りの人間の温かみを感じられて、涙なしには読めません。ボクはラーメン屋なので我慢しました。

 

一度失ってしまえば、もう二度と元に戻らないもの。そういうものに限って、とても大切なものであるし、失って初めて大切なものだと気づきます。二度と戻らないからこそ、大切だと感じるのかもしれません。

そういうものたちで溢れた世界に生きているボクらは、だから、タイムリープやタイムスリップに憧れ、魅力を感じます。しかし残念ながら、現代科学ではそれは不可能です。だからこそ今が全てで、後悔のないように人はがんばるのだと思います。

 

どうか、タイムマシンが、発明されませんように。
目を閉じるだけで、十分です。 大分むぎ焼酎 二階堂 CMより)

 

僕街を読んで、ボクは今まで失ってきたもの、そしてこの先失うであろう多くのものに感謝をし、それを踏み台にさせてもらいながら生きていこうと思いました。

 

だいたいそんなふうなことを考えました。

 みなさんも是非読んでみて、想いを巡らせてみてください。

ボクは時間があればアニメも見たいと思います。

 

 

最後に、駅前のラーメン屋さんには長時間居座ってしまって申し訳ない気持ちとともに、そんなボクを特に咎めなかったことへの感謝の気持ちでいっぱいです。(混んでなければいいよ!と言ってくださいました。)ありがとうございました!

 

 

 

 

Kindleのススメ。

どうも。お久しぶりです、なおすけです。

二週間ぶりの更新になってしまいました。

前回の更新から時が経ちすぎて、もう、いろいろと忘れてしまいました。ブログの書き方とか、昨日の晩御飯のこととか、道徳心とか。あと朝青龍の本名とか。

 

冗談はさておき、最近kindleを買いました。

d.hatena.ne.jp

要は、読書専用のタブレット端末です。本棚を持ち運んでいるようなものです。もちろん、本は購入しなければなりませんが。(wi-fi環境であれば本の購入もできます。)

はっきり言って、めちゃめちゃ有能です。有能ちゃんです。にもかかわらずボクは、この有能ちゃんの購入を決意するまでに何度も葛藤を繰り返しました。

◆「本は紙」という固定概念

そう、本は紙に限るんです。これは、kindleの利点を理解したうえで購入に踏み切れない理由堂々の一位だと思います。実際、ボクがkindle購入する以前に「今度、kindleを買おうと思っているんですよ」という話をすると、周りの人たちは皆口をそろえて「本は紙じゃなきゃ~」とか「ページをめくる感じが~」とか言って、あまりいい顔をしません。そしてそれはボクも同じ気持ちでした。

ではなぜ購入に踏み切ったか。

だって、使ってみなきゃわからないじゃないですか。 

人は所詮、経験則でしか物事を語れないと思っています。経験以外のことから得られるものには限界が見えています。「アニオタ気持ち悪い」と言っている人は、一度でもアニメの世界を理解しようとしたことはあるのか?「パチスロする人はクズ」と思っている人は、一度でもパチスロの台の前に座ったことがあるのか?

そんな思い込み・偏見をボクはこれまで経験によって“確信”へと変えてきました。アニオタは最高(個人的見解)でパチスロはクソ(個人的見解)であるということは、経験した者にのみ許される主張です。

 

そんなわけで、kindleに半ば挑戦的な態度で購入を決めたボクですが、ここで購入前のイメージをメリットとデメリットに分けて整理しておきます。

<購入前>

メリット

  • 片手で読める
  • 持ち運びに便利
  • 暗い所でも読める(ライト機能付きのもの)

デメリット

  • めくった感じがしない
  • 形として残らない(本を集めた感じがしない)
  • 字や線を書き込めない

こんなところでしょうか。こうしてメリットとデメリットを並べてみると、デメリットがいかにしょうもないかがわかりますね。でもわりとしょうもなくないんですよ。本を読んだことがある、もしくは読んでいる人はわかると思いますが、デメリットの一つ目と二つ目は読書のモチベーションに大きくかかわってきます。

Amazonで購入手続きを済ませたボクは、新しい読書文化の幕開けを担う「発明」を閑かに待ちました。

 

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 届きました。

やはり新しい物を得るというのはいいものですね。テンションが上がります。

さっそく本をダウンロードし、一週間ほど使ってみました。経験したことにより気付いたメリット・デメリットは次のようになりました。

<購入後>

 メリット

  • 隙間時間に読める
  • 語句の辞書が引ける
  • 紙の本より若干安く買える

デメリット

  • どのくらい読みすすめたかの実感が薄い

 

 電車やバス移動のときだと、席についていない状態で紙の本を読むのは極めて困難です。本を広げるにはどうしても両手に頼ることになりますから。

しかしkindleなら片手で読めるため、吊革につかまった状態でも片方の手で本が読めます。結果、必然的に読書量が増えます。

さらに、以前は本を読んでいて知らない語句が出てくるといちいちスマホを取り出して調べていました。これが非常に手間で、活字を目で追う作業が中断され、語句を調べ終わって再び活字に目を戻せば、それまで積み上げてきた集中力はどこへやら。(スマホの普及による恩恵を“手間”と感じる、なんと贅沢な悩みよ。)

この手間を最小限に抑えてくれる機能がkindleにはついていました。至れり尽くせりとはまさにこのこと!

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 (聴いた者が思わずニヤけてしまうリズム、ではなかった。)

 

メリットばかりではなく、使用してみて気付くデメリットもありました。それが先に挙げた「どのくらい読みすすめたかの実感が薄い」です。

一応下の方に%表示があり、どの程度読みすすめたのかがなんとなくわかるのですが、紙の本のようにページの厚みを目、ないしは手の感触で確かめることができないことに物足りなさを感じてしまいました。

 

しかしこのデメリットを補って余りあるメリットの多さ、kindleを経験してみたボクから言わせてもらえば「断然アリ」です。かといって紙の本を卒業するかといったらそういうわけでもなく、今後は上手に使い分けていこうと思っています。

値段は少し高めですが、本をよく読む人にとっては、kindle価格で本が買えるのでがんばれば元もとれてしまうのではないでしょうか。少しでも興味が沸いた方は一度検討してみては。

 

 

なるほど革命。

どうも、なおすけです。

 

先日、「なるほど」というボクの口癖について、

バイト先の社員の方から指摘がありました。

 

「本当に “なるほど” と思っているのか?」

 

聞けば、普段何気なく使っているボクの“なるほど”というワードに不信感を抱いたようです。

“なるほど”が口癖になってしまっているボクにとって、その問に自信を持って「イエス!」と答えることはできませんでした。

そのかわりに、馬鹿正直なボクは、失礼も顧みずに

「とりあえず、なるほど と言っておけばいいかなと思って使ってる みたいなところはあります…」

と言ってしまいました。

 

こうなってくるともう馬鹿正直なのではなく、正直なだけの馬鹿でしかありません。が、その告白は紛れもない事実です。口癖だからなるほどと言ってしまうのではなく、そういう怠惰な気持ちで使っていたからいつの間にか口癖になったのだろうと思います。

 

「頻繁に使うと相手に不快感を与えてしまうから気をつけた方がいいよ」というご指導を受けたボクは(これはまずいな)と思いました。

なぜなら、長きにわたり習慣づいてしまった癖を直すことは、容易なことではないからです。しかもそれが無意識のこととなると、その難しさは意識的な慣習のそれに比べ格段に上がります。

 

“なるほど”はボクにとって、熱いものに手が触れると瞬発的に手を引っ込めてしまう屈筋反射のようなものです。

“なるほど”を使うのに適した場面に触れた途端声帯は震え、顎及び口周りの筋肉は動作を開始し、気づいたときには〈な・る・ほ・ど〉の四文字が音となって空気を揺らし、その振動が相手の鼓膜を震わせ、この四音が、高度に発達した人間の脳によって副詞としての〈なるほど〉という言葉に理解されます。この間わずか0.5,6秒。直後、またも同じ過ちを犯してしまったことに対する悔恨の念に苛まれます。

そんなわけで、この癖を指摘されてしばらくは主の意思を全く無視した身体のわがままに苦しめられました。

 

しかし、この無意識を意識することによって少しずつではありますが変化が見られるようになりました。

 

「なるほ」

 

ものすごい失礼を生み出してしまいました。

ボクよりはるか年上の社員の方の「こうするといいよ」という有難きご指導を仇で返すかの如く、「なるほ。」

「なるほど」を言い切る前に止めようとした精一杯の抵抗の結果、あろうことか、ボクが嫌悪感を覚える「ウェイ系大学生」のウェイ語みたいになってしまいました。

 

「それな」「とりま」「なるほ」

 

みなさんご存知、代表的なウェイ語と並べてみましたが、全く引けを取りません。

それどころか、前二つが「なるほ」を引き立てているようにすら思えます。

  

こうして、ボクの肌に染み付いてしまった癖に革命を起こすことはできませんでした。

革命(revolution )が失敗したとき、それはなんと呼ばれるか知っていますか?

 

暴動(revolt)です。

 

ボクが反逆者として今のバイト先から追放されてしまう日は、そう遠くないのかもしれません。