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なおすけの日記

来る者は拒まず 去る者は追い回す

ばあちゃんとの約束。

こんにちは。なおすけです。

いつも「なおすけの日記」を読んでいただき、ありがとうございます。

 

先日、コピーライター養成講座で、記念すべき第1回目の課題講評がありました。

出されたお題は、

双眼鏡をもっと売るためのコピー20本

でした。

 

結果から申しますと、

9位でした。

 

課題講評では基本的に、10位までに入れば「金の鉛筆」がもらえます。つまり、なんとか滑り込みで一本もらうことができました。

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これで、また一歩、夢に近づきました。

評価基準や評価内容は言えませんが、提出したコピーを講師の方が丁寧に評価してくださいました。

誰もが一度は耳にしたことのある広告やコピーを世に排出してきた、広告界のスーパースター。そんな一流広告マンである講師の方に、120名以上の受講生の中から選んでもらえたことは、とても大きな自信になります。

 

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(今回登壇された講師のかたの書籍。)

 

そして、なによりもこの講評で嬉しかったのは、ボクが書いたあるコピーが評価されたことです。それがこちら。

 

病室は退屈だから。祖母に“景色”のプレゼント。

 

見てわかる通り、祖母のことを考えて書いたコピーです。病室で寂しそうにしている祖母を思い出しながら書きました。

 

 

急に話は変わりますが、 

もうすぐ祖母の一周忌です。

 

一年前のこの時期、祖母は大きな病気にかかり、病床に伏していました。当時ボクはまだ大学生だったので、なかなか帰省できませんでしたが、帰省した際は必ず入院している祖母のもとへ足を運びました。

生まれる前に祖父は亡くなっていたので、根っからのおばあちゃん子だったボク。帰省する度に弱っていく祖母の姿は、見ていてとてもつらかったです。

その日も、埼玉に戻る前にお見舞いに行きました。どういうわけか、その日の祖母は調子が良さそうでした。

元気な祖母の姿を見ることができ、安心しました。そして帰り際、冗談交じりに言いました。

 

「次に帰省するときまで、死ぬなよ!」

 

すると、期待した答えとは違う反応が返ってきました。

 

「ばあちゃん、それは約束できん!」

 

 

次にボクが帰省したとき、祖母は病室から実家に移り、二度と覚めることのない眠りについていました。

 

「ああ、ばあちゃんらしいなぁ」と思いました。

もしもあのときちゃんと約束していたら、その約束は果たされないままお別れすることになっていたかもしれません。

できない約束はしない。最期に人生の教訓を授けられた気がします。

 

話を戻します。

要するに、今回ボクが課題講評で選ばれたのは、祖母の存在のおかげだということです。だから、祖母と共につかみとった記念すべき最初の「金の鉛筆」は、祖母へ捧げようと思います。

 

そして約束します。

 

 将来、必ずや日本を代表するクリエイターになってみせます。

 

日曜、公園、ゴミ拾い。

どうも、なおすけです。

 

先日、社会奉仕活動をしてきました。

 

◆クリーン作戦

まさか、自らの意志で公園のゴミを拾う日が訪れようとは。

小学生のころにも、定期的に地域ぐるみでクリーン作戦をおこなった記憶があります。今思えば、「なにが作戦だ、たかがゴミ拾いだろ」と感じてしまいますが、当時ガキだったボクは、

「作戦!? なんか、おもしろそう!!!」

そう思っていたに違いありません。それが大人たちのねらいだったとしたら、完全にしてやられました。

しかし、いくらガキとはいっても、せっかくの休日の朝を、やりたくもないゴミ拾いでつぶしてしまうのはおもしろくありません。小学生は一番活発な時期。寝る間も惜しんで友達と遊びたい。大人たちの“作戦”作戦に多少心は動いたものの、嫌々ゴミ拾いをさせられていたことにはかわりありませんでした。

 ……

 ……

 ……

時は流れ、22歳。

人生はなにが起こるかわかりませんね。誰に言われるでもなく、ひとり孤独にゴミを拾いに歩き回る日がこようとは。あの頃のボクがこのことを知ったら、どう思うかな。「あ、ちなみにお前、大学卒業後2年間はフリーターだぞ」どう思うかな。

 

さて、そろそろ、なんでボクがわざわざ日曜に公園でゴミ拾いをおこなったのか話したいと思います。

 

◆公園からゴミをなくすコピー

前回の記事でも話しましたが、ボクは現在、「宣伝会議 コピーライター養成講座」というものに通っています。

その講座では全40回のなかで計17回、課題が出されます。毎回優秀者は表彰され、景品として「金の鉛筆」がもらえるらしいです。これまでにすでに4つ課題が出ているのですが(結果はまだ)、その中の一つに「公園からゴミをなくすコピー10本」があります。

もうお分かりかと思いますが、ボクのゴミ拾いの目的は、その課題のヒントを得るためです。公園からゴミをなくすためには、まず公園の実情を知ろうというわけです。

どうですか?ほんとにちょっと「作戦」ぽくないですか?公園も頭の中もクリーンにする作戦です。

 

準備する物

・軍手

・ゴミ袋

・メモ帳(アイデア書き留め用)

 

ルール

・絶対に人と目を合わせない

 

作業着を着た5,60のおじさんならまだしも、20代の若者がひとりで公園をうろつくというのは、高確率で「間違いない」です。ボクが去った後に子どもが一人でもいなくなろうものなら、それはもう、ボクがやっていなくてもボクの仕業です。周到なクリーン作戦です。少しでも怪しまれないように、特に子どもとは目を合わせないように気をつけます。

 

それでは、レッツ、クリーン作戦!

 

①せせらぎ公園

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この公園は、いつも親子連れでにぎわっています。この日もそうでした。絵にかいたような幸せな光景が広がっています。

しかし、そんな幸せに水を差すように、いたるところにゴミは落ちていました。

タバコ、お菓子のゴミ、ペットボトル、お箸など。前日に雨が降ったこともあり、骨の折れた傘も捨てられていました。これは危ない。

 

あと、予想してはいましたが親の視線が痛かったです。

 

②チビッコ公園

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この公園は日当たりが悪く、あまり人を見かけません。

川のせせらぎが聞こえてきそうなほどの静けさ。さっきの公園と名前を交換したほうがいいのでは?

しかし人がいないというのは、こちらにとっては好都合。あらぬ誤解を生み、通報される心配もありません。

この公園にも、目立たないところにゴミが捨てられていました。公園の中というよりは、公園の周りにタバコがたくさん落ちてました。ていうか、落ちてるゴミはほとんどタバコでした。

 

このあたりから、ゴミを捨てる人間、特に喫煙者に腹が立ってきました。

 

③やとじま公園

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親子連れが何組かいました。この公園は、前2つの公園と違って駅から少し離れており、利用する人が固定されるので、ある程度みんな顔なじみであることが予想されます。

そのため、ニューカマーのボクに対する警戒心をビンビン感じました。

中でも活発な少年二人が明らかにボクを敵視していて、ボクに気付かれないであろう距離からボクに向かって昇竜拳を打ち込んでいるのがわかりました。しかし自分には出発前に決めた鉄の掟があります。ルールに則り、遠距離型昇竜拳にひたすら耐え、無言でゴミを拾い続けました。

 

ここでもタバコがたくさん落ちていました。なんなんだ。どこにでもいるなお前は。ポケモンGO初期のころのポッポかよ。

 

帰宅。

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無事、通報されることなく帰ってくることができました。いやーいい汗かいた。

ゴミを分別し、ゴミステーションに出し、クリーン作戦終了。

おつかれさまでした。

 

◆まとめ

なにを隠そう、ボクもゴミをポイ捨てしたことがあります。公園にもたぶんあるし、道路にも捨てたことがあると思います。

でも、正直、あまり覚えてません。

都合のいいことに、自分がゴミを捨てたという記憶はあまり残っていません。それは遠い記憶だということもありますし、なにより、あまり考えずになんとなく捨てたからだろうと思います。例えば、ゴミを拾う人がいるということなんか想像もしないで。みなさんもそうじゃないですか?

 

こういう話をすると、「そもそも、なぜゴミのポイ捨てはいけないのか」と言い出す人が必ず出てきます。ボクは言いたい。「自分で考えろ」と。

別にゴミのポイ捨ては日本では厳しく禁止されているわけではありません。だから、なぜ捨ててはいけないのかという問い自体間違いです。捨ててはいけないわけではありません。これがなにを意味するか。

海外では法律で禁止しているところもあるようですが、そんな法律、悲しくありません?

 

他にもいろいろな発見がありましたが、ここでは割愛します。百聞は一見に如かず、ぜひゴミ拾いを経験してみてください。やらされるのとやるのでは発見の量も質も違うと思います。

 

 

お、なんだか、いいコピーが書けそうな気がします。

 

それでは。

 

内定ゼロですが、就職活動をやめました。

こんにちは。22歳フリーター、なおすけです。

 

世は、ゴールデンウィークですね。もちろん、ボクも。

 

就活やめました。

 

理由を話します。が、ちょっとその前に。

ここからは、というか、これまでも、これからも、「なおすけの日記」はインターネット上の仮想空間です。

残念なことに、ネット情報には正しいものもあれば、その数だけ「嘘」や「デマ(でまかせ)」など、間違ったものもあります。というのも、情報が正しいか正しくないかは、その情報を受けた本人次第だからです。

だから、ここでボクが書くことも決して真に受けず、その都度自分の頭で考えてから、判断してください。

わざわざこんなことを書いたのは、最近、情報を鵜呑みにする正直者が増えていると感じたからというだけであって、「今からでたらめ吐き散らしまーす! 」ということではないです。少なくともボクは真実を書くつもりで書きます。

前置きが長くなりまして、すみません。就活をやめた話に戻します。

 

◆なぜ?

かっこよく言うと、「自分から本気が感じられなかった」からです。

かっこ悪く言うと、「今の自分じゃ、どこにも就職できない」からです。

 

ボクには今、なりたいものがあります。

コピーライターです。

そのためにアルバイトも広告と関連するものを選び、4月末から開講したコピーライター養成講座というものにも通っています。

それと並行して、就活も続けていました。

 

しかしESが通らない。

もう5月に入りましたが、選考が進んだものは一つもありません。もともとエントリー数が少ないというのもありますが、これは異常なことだと感じました。

そして、なぜなのか考えました。

 

ようやくわかりました。

コピーライターになることはできないからです。

コピーライターという、ボクの掲げる目標は、所詮「肩書」です。

なることができるのは、コピーライターという肩書をもつ「人間」です。

同じことのように思えるかもしれませんが、この認識の違いはかなり大きいと思います。

 

つまり、ボクが考えなくてはいけないのは、「どんな人間になりたいか」です。

これを、「自己分析」と言います。

気づくのがかなり遅くなってしまいましたが、これに気づかないまま就職してしまう人がいることを考えたら、気づけただけでもよかったと思います。(気づかないことに比べれば、気づく早さの差なんて大したことありません)

 

今、ボクには33個の夢があります。夢というのがおおげさなら、達成したいこと、と言い換えても構いません。

その中の3分の2くらいは、人に話すのも憚られるようなしょーもないことです。しかし、残りの3分の1は、「夢」と呼ぶにふさわしいものだと言えます。

何年後になるかはわかりませんが、これらの夢が叶えられたそのとき、「なりたい自分」になっているのだと思うと、わくわくです。

 

なりたい自分がわかれば、なにをする必要があり、なにをする必要がないのか(無駄か)も自ずと見えてきます。

今の自分に、就職活動は無駄なものだと判断しました。

 

◆最後に

やはり大きな決断なので、この選択をしたことは真っ先に親に伝えました。

「ふざけるな」と怒鳴られることも、「許さん」と説得されることもなく、

「ああそう。がんばりなさい。」とだけ言われました。

がんばれる環境があることに、自分は恵まれていることに、改めて感謝します。

 

33個の夢の一つである、「親に恩返しする」が、早く実現できるようにがんばります。

涙がとまりません。

泣いた。久々にこんなに泣いた。

自然と涙が溢れてきました。

 

どうも、なおすけです。

めっちゃ泣きました。

涙腺が崩壊しました。

 

 

コンタクトレンズデビューしたよ☆

なんの映画のレビューだろうか。

はたまた、どんな本を読んだのだろうか。

そんな好奇心を徒らに弄んでしまい、すみませんでした。

今回はボクがコンタクトレンズに泣かされた話です。

 

まず前提として、ボクは普段メガネをかけています。無論、目が悪いからです。

しかし、コンタクトレンズをつけたことはありませんでした。それはなぜか。

コンタクトレンズにいいイメージを持っていなかったからです。

目にあんなにデカい異物を入れるなんて、考えられません。ちょっとまつ毛が入っただけでもごろごろするのに。

「コンタクトにする理由は何があるんでしょうか? メガネじゃダメなんでしょうか? 」(by蓮◯)

 

そんなある日、バイト先でボクのメガネについて、社員の方から指摘がありました。

「フレーム変えた方がいいよ」と。

 

どうやらボクのメガネは、ビジネスの場に適さなかったようです。

無個性というコンプレックスの反動から、個性的なものを身につけようとする、ボクの性格が仇となりました。

仕方ない、買い換えるかぁ。でも、二つ持っててもなあ〜。うーん。

コンタクト、いっとく? いっちゃう?

 

結局、渋々コンタクトに替える決心をしました。

 

「目に課金するなら、メガネに限る! 」な人、「コンタクト、試してみたいけどちょっと不安…」な人、「『メガネくん』というあだ名を卒業したい!」な人は、これから語られるボクの経験を参考にしてみてください。

 

◆いざ、メガネスーパーへ  

さて、さっそく休日を利用して、コンタクトレンズを作るためにメガネスーパーさんに足を運びました。メガネ派のボクが、メガネ屋さんでコンタクトを作るはめになるとは、なんと皮肉な運命。

 

店内に入り、コンタクトを作りにきた旨を伝えます。すると、どんなコンタクトを作りたいか尋ねられました。どんなコンタクトだって? コンタクトはコンタクトだろ!

これまでコンタクトへのコンタクトを拒み続けてきたため、知らなかったのですが、ハードタイプとソフトタイプがあるんですね。無知って怖い。

たいてい、自分を戒めるのが好きな人はハードタイプを、ここ最近人の優しさを感じていない人は、ソフトタイプを選ぶそうです。

 

 

……ちゃんと説明しますね。

 

【ここが違うよ!ハードコンタクトとソフトコンタクト】

〈つけ心地〉

・ハードタイプ

その名の通り少し硬めのレンズです。そのため、はっきり言ってつけ心地は最悪です。眼科の先生曰く、「毎日つけてれば慣れてくるよ」らしいのですが、

じゃあ先生に質問です。

まいにち まいにち 心ない中傷を浴びせられ続けたら、いつか傷つくことに慣れますか?

 

「…耐えない、裁くの!」

 

はい。次行きます。

 

・ソフトタイプ

こちらも名前の通り柔らかいレンズです。一度、人のソフトレンズを触るという貴重な経験をさせてもらったことがありますが、フニャフニャでした。あんなもの使ってるやつはフニャチン野郎だ。男なら、ハードだろ!(伏線)

 

〈使用期間〉

・ハードタイプ

視力が変わらなければ、2〜3年は使えるそうです。が、諸行無常な世の中。変わらないものなどありません。ならばせめて、良いほうに変わってほしいものです。そんな願いも虚しく、視力が低下してしまった際には、交換が必要になります。

保証に入れば期間中(1年間)は無料で交換可能ですが、保証期間を過ぎるとお金がかかります。視力を死守しましょう。

 

・ソフトタイプ

「ワンデイ」とか「ツーウィーク」とかってよく聞きますよね。同じソフトタイプでも、種類によって安全に使用できる期間が違うみたいです。

 

「ワンデイを一週間ぐらいつけてしまったww」

「俺ツーウィークを一ヶ月つけてたことあるよww」

 

知らんがな。

寝てない自慢に近いものがありますね。ソフトレンズユーザーは気をつけましょう。

 

〈値段〉

長期的に使っていくのであればハードタイプのものを買う方が安く済みます。両眼で2万円くらいです。保証をつけたりしていくともう少しかかりますが。

それに比べてソフトタイプは使い捨てのため、どうしてもコストがかかります。

普段はハードを使い、旅行などのときにはソフトを使うという、併用パターンもありです。旅先でレンズを失くせば二度と出てきませんからね。

 

 ◆ハードコンタクト、君に決めた!

結局、眼科の先生にゴリ押しされて、ハードコンタクトを作ることにしました。

そして視力を測ったあと、コンタクトレンズをつける練習をしました。

 人生で初めて、自ら目に固形物を入れました。まさかこんな日が訪れようとは。初めてメガネを買いにいった5年前のボクに言いたいです。「お前、5年後、自ら目に固形物入れてるぞ」

 

10分ほど眼瞼閉鎖反射(がんけんへいさはんしゃ)と格闘し、ついに目に異物を入れることに成功しました。視界の新世界編、突入です。

 

正しくつけられているか先生にもチェックしてもらいました。

 

「うん、いい動きしてますね。」

 

いや、「普段は口数が少ないけど選手の状態を見抜く力は抜群な名コーチ」かよ。

そしてボクは、「スポーツ漫画にありがちな、覚醒状態の主人公」かよ。このあと敵キャラに圧勝するフラグかよ。

 

爽やかに勝利を収めるクールな主人公像とは対照的に、このあとめっちゃ泣きました。もう、とにかくごろごろする。

目を慣らすためなのか、15分くらい外させてもらえませんでした。

 

以下、15分間回想。

(うわめちゃくちゃ目、ごろごろするじゃん。こんなのむりだろ。コンタクトユーザーはやっぱ鬼畜だ。慣れるわけない。もし慣れるときがきたら、そのときは人として大事ななにかを失ってるだろ。痛って。ソフトにすりゃよかった。もうフニャチン野郎でもなんでもいいから、今からソフトコンタクトに変えたい。涙とまらん。死ぬ。ストレスで死ぬ。⦅伏線回収⦆)

 

涙で滲んだ視界の先には、メガネスーパーさんの店内に規則正しく陳列された無数のメガネが。

(ああ、個性的なフレームの数々。それに比べりゃ、ボクのメガネフレームなんて、たいしたことなかったんだな。コンタクトになんて手を出すんじゃなかった。自分を信じるべきだった。自分のメガネフレームを信じてやるべきだった。神様どうか、時が戻るなら。ああ。。。)

 

 ◆後日談

数日後、家に届いたコンタクトレンズをつけてみると、

意外とたいしたことありませんでした。慣れってすごいね!

 

 

来世は、レーシック手術を受けてみたいです。

 

 

おわり。

 

完全なる素人がジャズバーに行ってきた話。

 

どうも、なおすけです。

 いやあ、ジャズって、いいもんですね。

 

先日、ジャズデビューしてきました。

 

かつて、バイト先で一緒に働いていた仲間にジャズマンがいました。ドラマーです。

その方がライブをやるということで、前からジャズに興味があったボクは、一度いってみることにしました。

 

前から興味があったとはいっても、そこまで熱はありませんでした。ただなんとなく、ジャズ、いいなー と思う程度。きっかけは「坂道のアポロン」です。ジャズをテーマにしたアニメです。

 

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主題歌をYUKI(坂道のメロディ)が歌っていたことで興味を持ちました。さらにエンディングは秦基博(アルタイル)。豪華なんです。どちらの曲も、間違いありません。ぜひ聴いてみてください。そしてその曲に負けないアニメの世界観。ノスタルジックでメランコリックなストーリーに心揺さぶられます。

そんなアニメの雰囲気と、ジャズの持つ独特な空気感がマッチし、なんともおしゃれな仕上がりになっております。

 

ジャズとの関わりはほんとうにその程度でした。あとは、作中に出てくる「moanin' 」「lullaby of birdland」「some day my prince will come 」などを、たまーに聴くぐらい。このおかげで、「ジャズ=おしゃれ」の構図がボクの中でできあがってしまっていました。

 

 

やはりボクは、なんにもわかっていませんでした。

ライブで生のジャズを体感したその日から、イメージががらりと変わりました。

ジャズが即興性のある音楽だということは理解していたのですが、ここまで自由だとは思いませんでした。

ピアノ、ベース、ドラム、サックス がそれぞれ尊重しあい、ときに暴れ、目まぐるしく変化していきました。たしかにおしゃれというイメージは間違ってはいませんでした。しかし、それとは対照的に、それぞれが演奏の中で理想的な音楽を模索しようとする「泥臭さ」も感じました。とにかく熱量がすごい。

もがいているときは、見ていられないほど苦悶の表情を浮かべます。そのくせ、ピタッとハマったときなんかは、水を得た魚のように生き生きし出します。彼ら、音の海を非常に楽しそうに泳ぎまわるのです。

 

ただ、知識の浅い(というかほとんど無に等しい)素人のボクにとっては、どこがアドリブなのかの判断が困難でした。それが少し残念ではあります。まあおそらくはほとんどアドリブなのでしょうけど、元の曲を知らないことには、どこまで原型を保ち、どれだけ崩しているのかがわかりません。それがわかると、演奏中のアイコンタクトの意味も、ジャズを楽しむ要素の一つになるのかなと思ったりもしました。

 

ジャズ、どうやら思っていた以上に奥が深いぞ。そしてそれだけ楽しみ方も多様であると予想します。知れば知るほど、深みにハマっていきそうです。もう少し勉強して、また近いうちに足を運ぼうと思います。

 

 

「スマホ」というテクノロジーによるパラダイムシフト。

どうも、うっかり者のなおすけです。

 

今日、家を出るときうっかり財布を忘れてしまいました。みなさんも、一度くらいは経験があるのでは? そして、そんな自分に「何しに行くんだよ! 」とツッコミを入れてみたり。

 

まあ、たまにはそんなときもあります。人間なんだから。ヒューマンエラーがあることこそ正常なことです。

スマホを取り出し、まだ時間的に余裕があることを確認し、引き返しました。と、ここで、興味深い事実に気づきました。

 

そういえば、スマホは忘れたことがないな。

こいつ、おそらく「うっかり」の範囲外にいます。

歴史的に見て、スマホって携帯電話の延長ですよね。現在「ガラケー」と呼ばれる携帯電話を所持していた時代には、せいぜい電話かメールをする程度でした。

それが今ではどうでしょう。

ボクはたぶん、スマホがなければ、電車の乗り換えはわからないし、奇跡的に駅に着いたとしてもそこから道に迷うだろうし、今いる場所を確認することもできずに立往生してしまうことでしょう。知らない土地にスマホ無しで投げ出される状況、想像するだけでゾッとします。

 

つまり、目的を達成する以前に、目的地まで到達することさえできないのです。先ほどの自分へのツッコミ「何しに行くんだよ! 」ではなく、「どうやって行くんだよ! 」状態です。財布がなければ目的(ex. 飯を食う、服を買う)は果たせないけど、スマホがなければ、慣れてない限りその場所まで行くこと自体困難です。マラソンに例えるなら、ゴールする以前に、スタートにすら立てないのです。

これが、「スマホは忘れないが、財布は忘れてしまうことがある」理由の一部ではないでしょうか。ゴールできるかはともかくとして、とりあえずスタートには立てるように、的な。

 

実は財布を忘れてしまったことに気づいたとき、ボクは一瞬、「財布なくてもいけんじゃね? 」と思ってしまいました。まあ無理なんですけど。いや、スマホカバーにPASMOが入っていればあるいは……。

 そのくらい、スマホがあればなんでもできてしまうんですよね。家を出るとき、もはやボクの中での優先順位は 財布<スマホ になっているのでしょう。

 

考えてみれば、常に手の届く範囲にはスマホがあります。

朝起きてスマホ。移動中にスマホ。三度の飯より断然スマホ。寝る直前にもやっぱりスマホ。いつでもスマホ。どこでもスマホ。うぉーうぉうぉうぉー さあ輪になって、スマホ

命の次に大事な物は何かという問いに対する「スマホ」という答えを、我々は笑えなくなってきています。

 

 

この機会に一度、スマホより大事なものについてちゃんと考えてみようと思います。

 

ボクとムシキング。

こんにちは、なおすけです。

 

みなさん、ムシキングって覚えてますか?

セガが誇る大ヒットアーケードゲームで、主にカブトムシやクワガタムシを操って戦うゲームです。操るといっても、格ゲーみたいに虫を動かすわけではなく、手元にあるグー・チョキ・パーのボタンを押して技を発動させる、とてもシンプルなものです。

要はじゃんけんです。相手の手を読み、それに勝つ手を出すだけの簡単なゲーム。

 

そんな、なんのひねりもない子どもだましのようなゲームに、疑うことを知らないピュアな少年だった当時のボクは熱狂したものです。確か小学校3〜4年生くらいだったかと。地元のスーパーに置いてあるムシキングの台には、放課後をじゃんけんに捧げることに一切の迷いがない、甲虫王者の卵たちが常に行列を作っていました。

 

今となっては、なぜあんなものに享楽を感じていたのか不思議でなりません。しかし、子どもというのはそんなものです。どの時代においても、新しく、珍しいものには心惹かれます。まだ狭い世界に生きている子どもともなればなおさらです。

 

そんな一時代を築き上げた画期的なエンターテインメントも、新興勢力の台頭により廃れ、忘れ去られてしまいます。

それでも、当時の熱狂ぶりが多くの大人たちの記憶に刻まれていることは間違いありません。

 

今朝、その記憶が呼び覚まされました。

 

◆新・甲虫王者 ムシキング

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懐かし〜。

今朝は炊飯器を買いに、ヤマダ電機へ行きました。無事炊飯器を買い、帰ろうとしたところ、見つけてしまいました。

 

多少リニューアルされていますが、ビジュアルや雰囲気は10年前とほとんど変わっていない気がします。

一瞬で10年前に戻らされたボクは、気づけば台の前に座り、財布を取り出していました。(注:22歳男性)

 

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ゲームが終わるとムシキングのカードが貰え、次回以降そのカードをスキャンして遊ぶのですが、今回は初めて遊ぶので、キャラクターは自動で決められました。

よろしくな、サンホンヅノカブト!

 

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対戦相手は、みるからに弱そうです。コクワガタなんて、田舎に住んでたら網戸にはりついてるからね。お前じゃ役不足だ。変われ。

 

そんな要望は聞き入れられるはずもなく、(無視キングとかってギャグはもう聞き飽きたと思うので、割愛。)強制的に対戦開始。

 

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は?

 

いやいや、勝ち!!じゃねえよ、待て。

なんだこれ。

これ、なにがおもろいん?もしかして馬鹿にしてる?言われた通りにボタン押すだけで、こんなもんゲームでもなんでも……

 

 

 

……はっ!

…いや、あの、すいません。そんなつもりではありませんでした。ちょっと大人気なかったです。ごめんなさい。

難易度の低さに興が削がれ、10年前にタイムスリップしていた自分が一気に現代に呼び戻されてしまいました。

我に帰り、冷静な判断力を取り戻すと、そこにはアーケードゲームを楽しむ大人が。

「ここでやめたら負けだ!最後までやりきれ!」と必死で自分を鼓舞し、なんとか気を保ちました。

 

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対戦が終わると、ムシ採りをさせてもらえました。なるほど、ここで捕まえたムシがカードになって出てくるというわけか。

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お、強そう。どうなんだろう。

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ヘルクレスオオカブト。

いきなりカブトムシの王様を出してくるなよ、、、一発目でこれはありがたみないわ。

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まとめ

10年以上も前に流行ったムシキング。それが今もほぼ同じ形で残っていることに感動を覚えました。と同時に、自分が大人になってしまったことへの寂しさも感じました。

子どもから大人になるにつれて、虫は触れなくなり、じゃんけんは心の探り合いになり、カードはクレジットになります。そして無邪気で無敵だった少年は、知識を得れば得るほど、既存のものがつまらなく感じてしまいます。それを受け入れながら人は大人になるんですね。

しかしその気になればいつでも子どもに戻ることは可能です。今回のボクのように、ふとしたことがきっかけで、男は少年に 女は少女に 一瞬で戻ることができると思います。

これから先、悩んだり苦しんだりすることがたくさんあると思います。そんなときは一度、純粋だったあの頃に戻るために、ムシキングで遊んでみるのも悪くないかもしれません。