なおすけの日記

来る者は拒まず 去る者は追い回す

世界五分前仮説。

みなさん、昨日は何をしていましたか?

それ、偽の記憶かもしれません。

 

どうも、なおすけです。

今回はオカルトチックな話です。

 

世界五分前仮説とは

d.hatena.ne.jp

 

「世界は実は五分前に始まったのかもしれない」。さらっと言ってんじゃねえよ。始まったのはお前の妄想じゃい。

 

そんな気持ちを一旦抑え、冷静に考えてみると、この説を初めて聞いた人はあることに気づくと思います。「いや、五分以上前の記憶あるけど。」

ボクも最初はそう思いました。

しかしこの説のよくできた?ところは、その記憶すら偽の記憶であるということです。五分前に神かなにかによって植えつけられた、偽りの情報だということらしいです。

 

ボクはあまり賢くないので、これに対する反証を立ててみよう!とかってことは微塵も、ミジンコほども思いません(その手のサイトはたくさん転がってるので探してみてください)が、なんかちょっと面白くないですか?

もし仮にこれが本当なら、これまで生きてきた時間はいったい何だったのでしょうか。あ、生きてすらないのか。

じゃあ、ボクの子ども時代の、かけがえのない思い出たちは?

5歳のころから始めたサッカーでたくさん仲間を作ったこと。サッカーの才能がめきめきと頭角をあらわし、ヴェルディユースにまで選ばれたこと。大好きだったサッカーに見切りをつけ、芸能界に飛び込んだこと。

 

あ、これ、竹内涼真の記憶だったわ。

 

 

自分を竹内涼真に 作ってくれなかった五分前の神を恨みつつも、

「もし、本当に五分前に世界が始まったのだとしたら」なんて考えてみると、

何気ない今が、新たなスタート地点に変わります。

仕事で行き詰まったときや、悩みを抱えているとき、

そんなことを考えてみるのもいいかもしれませんね。

 

短すぎてもはやこれはブログなのか?と疑っちゃうような、ってかこんなもんよそでやれよ。と思われても仕方がない、なおすけの切なくも儚い非常にざっくりした、ざっくりしすぎた、ざっくりさせすぎた日記。

生きた。

Twitterの秋。

こんにちは。なおすけです。

9月に入り、季節はすっかり秋ですね。

夏が過ぎ去って、「夏ロス」でなにもやる気が起きない人も多いのではないでしょうか。そんなときは、無理せず家でだらだらしましょう。

今回はそんなみなさんのだらだら時間のおともにと、こんな記事を書いてみました。振り落とされないよう、しっかりとついてきてください。

 

【人間レベル底の底】

なおすけの過去ツイート大発表会

 

各種ツイート目次

 

クソ大学生だったころのボク

 

 

 これぞ大学生。といった感じですね。出席する理由が、「みんな出席しているから」だったころのボク。

 

歌ネタ

 

 

替え歌のよさは、誰もが気軽に楽しめることですね。そして、スベってもめげないことが大切です。

 

日常系 

 

 

ほっこり。

 

下ネタ系

 

 

こいつ最低だな。マジで。

 

暇かよ

 

 

世界一無駄な時間は、こうやって作ります。

 

言葉遊び

 

 

腹立ちません?

今度ボクに会ったとき、一発殴っていいですよ。

 

危険思想

 

 

おクスリやってますか?ってよく聞かれます。やってるのかもしれません。

 

 まとめ

 いかがだったでしょうか。

 読んでくれた人が少しでも興味を持ってくれてフォローしてくれれば、と思っていたのですが、ボクだったらこういうやつとは関わりたくないなー と思ってしまいました。

過去の記事を遡っていくと、あのとき自分はこんなことを思っていたんだなー。とか、そういえばそんなこともあったなー。とか、いろんなことを思い出して、思い出にふけることもできました。内容が内容なだけに、非常に薄っぺらい思い出しか出てきませんでしたが。

そもそもツイッターって、いったいなんなんだ。

あなたにとってツイッターとは何ですか?

 

他にももっとくだらないこと、意味不明なこと、人として最低なことを不定期に吐き続けているので、

気になった方はぜひフォロー&チェックしてみてください。おすすめはしません。

 

【自由研究】一日スマホを禁止してみたら、とんでもないことになった。

どうも、なおすけです。

今回の記事タイトル、YouTubeか。

 

【 目次 】

 

 

◆24時間、スマホを禁止してみた

まず、なぜこんなことをしようと思ったか。の説明から。

 

そもそも、最近の若者はスマホに依存しすぎている。昔はスマホなんてなかった。それでも人々は不自由なく暮らせとった。不自由どころか、今よりも幸せじゃった。人とのつながりは今よりも強く、いつでもどこでもつながれないからこそ、強固なものであったのじゃ。それが今はどうじゃ。朝起きて、おはようの前にまずスマホ。身支度しながら片手にスマホ。移動中にもがっつりスマホ。休憩中にもほらスマホ。待ち時間にも隙あらばスマホ。...ああ、なんということか。楽しい時間は、現実にこそ求めるべきよ。そうじゃろう?こんなの絶対にまちがっとる!

 

という時代錯誤も甚だしいジジイの教訓めいた動機ではなく、

 

単なる 好奇心 です。

 

しかし教訓大好きジジイが言っていることもなくはないです。

SNSのせいで人生の貴重な一日を棒に振ったことは何度もありますし。

そのたびに「自分はなんてダメな人間なんだ...」と落ち込みます。

スマートフォンにはもれなく時間吸収機能がついてくると言っても過言ではありません。そう考えると、携帯ショップでの手続きが、悪魔との契約のように思えてきます。便利で楽しいコンテンツと引き換えに、人生の貴重な時間を奪われる。そして新世界(2次元)の神となる。「目」の取引をする者まで(ドライアイ)。

 

では、スマホがないとボクたちはいったいどうなってしまうのだろう。

そんなことを考え、

今回「自由研究」と題して 一日脱・スマホ生活 を実施するに至りました。

 

〈ルール〉

・禁止時間は朝9時翌日の朝9時

・開始後は、スマホ一切触れない

スマホを使用する以外は何をしてもいい。

 

時間を9時に設定したのに深い意味はありません。

その日は朝7時に起きたので、心の準備も兼ねてキリのいい時間に。

スマホは、あまり使ってない自宅のロフトに隔離。

 

◆開始30分前

恋人と別れる前のような切ない時間でした。あ、それ以前に恋人すらできたことないんですけど。

ももし恋人と別れることになったら、最後の時間は、こんな感じなんだろうなあ。そんなことを思いながら、泣きつくようにスマホをいじり倒しました。

「頼む!もうちょっとだけ!もうちょっとだけでいいから一緒にいて!いや、ていうかやっぱ、俺たちやり直さない?こんなのおかしいって!冷静になって、もう一回話しあお?ね?ダメ?お願い!お願いします!なんでもしますから!」

 

「...ホントになんでもする?」

 

「な、なんでもします!」

 

「じゃ、別れて」

 

◆開始

ついに始まってしまいました。

いってもまだ序盤。心には余裕しかありません。

その日の予定は特になかったので、とりあえずファミレスで本でも読もうと思いました。

と、その前にまず郵便局に用があったので郵便局に行くことに。

 

◆郵便局にて

さてここで第一の試練、「待ち時間」が訪れます。

みなさん、待ち時間はなにをしますか?

電車の待ち時間、料理が出てくるまでの時間、エレベーターの待ち時間。

言うまでもありません。

無意識に右のポッケに手が伸びます。

「だよなあ」

あきらめて、虚空を見つめます。屍のように。

それから窓口の人に呼ばれるまで、約5年かかりました。

ボクにとってはそれほど長い時間に感じられました。実際には5、6分程度だったと思います。

これからは郵便局を「精神と時の部屋」と呼びたいと思います。ボクが「ちょっと精神と時の部屋でお金おろしてくるわ」と言ってもびっくりしないでください。

 

◆ファミレスにて

午前中で用事を済ませたボクは、予定通りファミレスに向かいました。

ファミレスにつくと軽い食事を済ませ、本を読み始めます。

ここで思わぬ効用が。

スマホがない状態での読書は、驚くほど集中できました。

いつもならスマホが気になったり、意味もなく時間をチェックしたりで、すぐに中断してしまいます。ラインやメールが来るとなおさら。

しかし、スマホ亡きいま、ボクの選択肢には「読書」と「ドリンクバー」しか残されていません。おかげで一冊の本をほぼノンストップで読破できました。

脱・スマホ生活、恐るべし。

ただここで問題が。

「いま何時?」

 

◆そうねだいたいね

読書に集中しすぎて完全に時間感覚が狂ってしまいました。

普段時計を身につけないボクにとって、スマホは時計がわりでもあったのです。

意味もなく時間を確認することもあれば、もちろん必要に駆られて確認することもあります。今回はどちらかというと必要ではない場面でしたが、なぜか、確認しなければならないという衝動に襲われたのです。

 

古代ギリシアの哲学者、アリストテレスも「人間は社会的な動物である」という言葉を残していますが、時間という概念に縛られて生きているボクらは、常に時間を把握していないと不安になるようです。幼いころから「時間は守れ!」と口酸っぱく言われて育ってきたせいもあり、ゆとり世代のボクでも時間に対しては行動を強制させられる何かを感じます。

 

ファミレス内をうろうろし、必死に時計を探すボク。

変な汗いっぱいかきました✨

 

◆帰宅

ボクは恐くなりました。

いや、最初から。もっと言うと、始める前から。ずっと恐れを抱いていました。

 

大事な連絡が来たらどうしよう。

 

バイト先から連絡があったらどうしよう。

親から緊急の連絡があったらどうしよう。

 

今ボクは一人暮らしをしているので、ボクと連絡する手段はスマホ以外にありません。そんなことを考えていると、なんだかとても不安になり、よくないことばかり浮かんできてしまいます。うずうず。そわそわ。「うずうず。」「そわそわ。」気づけば口に出していました。

しかしここでやめるわけにはいきません。

いまルールを破ってしまえば、いままでの苦労が無駄なものになってしまうからです。

これまでに、何度ツイートしたいと思ったか。何度インスタを開きたいと思ったか。

 

机の上に置いてあった「GRIT やり抜く力」という本も鎮静剤となり、なんとか思いとどまることができました。

というか、もう、あまり考えすぎないように努めました。さっさと飯食って寝ちまえば、こっちのもんです。

 

◆就寝

いつもはスマホのアラームを使っていますが、今回はそれすら許されません。置時計のアラーム機能を使って時間を9時にセットして寝ます。

寝る前についついスマホに手が伸びてしまい、ずるずると睡眠時間が削られることもないので、極めて健全な眠りにつくことができました。スヤスヤという音が聴こえるほど、スヤスヤ眠れました。

 

◆起床、スマホ解禁

朝起きると、待ってましたと言わんばかりにロフトへ駆け上りました。

幸い、それほど大事な連絡は入っていなかったのでホッとしました。

ただ、一日スマホを放置しただけで世間から置いていかれたような気分になりました。失われた24時間といった感じ。うわ、サマーウォーズやってたのか。知らなかった。

久しぶり(たった一日なのにご無沙汰感がある)のスマホをめいっぱい堪能し、気づけば1時間が経っていました。やはりスマホには時間吸収機能がある。まちがいない。

 

◆研究結果報告

今回の検証で、ボクがいかにスマホに依存しているかを改めて痛感させられました。スマホ禁止中であるとわかっているにも関わらず、つい右ポケットに手が伸び、あるはずもないスマホを手探りしてしまうことが何度もありました。

しまいには、ポッケに振動を感じるまでに。スマホを恋しく思った右腿が、あるはずのないスマホをポケットに具現化してしまうという現象が起きたのです。これはもう、範馬刃牙の世界です。これを応用し、イメージを具現化することで創り上げた彼女と付き合うことも不可能ではないのかもしれません。ボクは真面目に言っています。

 

そして、スマホを放置すると、自分はよくても他人に迷惑をかけてしまう危険性があることにも気づきました。

相手からの連絡を一方的に遮断することになるため、もはや今の時代、スマホを持っていなければ人に迷惑をかけてしまうことになります。スマホは社会とつながるためのチケットとも言えるかもしれません。

 

【結果】

一日スマホを禁止してみると、人間の無力さに気づく。

 

 これを機に一度、スマホとの上手な付き合い方を考えてみようと思います。

以上です。お疲れ様でした。

 

 

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hondanohondana.hatenablog.com

 

過去の自分から手紙が届いたので読んでみた。

みなさん、お盆はいかがおすごしでしょうか。

ボクはこのお盆期間を有意義に過ごすため、

まずスーパーで大量のお菓子を買い溜めしました。

自宅に戻り、六畳一間を冷房でキンキンに冷やすと、

みんな大好きYouTubeを開きます。

準備は万端。さあ!

 

最高の夏の始まりです。。。

 

 

まあそんなことはどうでもいいのですが

今回は、小学校6年生の自分から手紙が届いたという話です。

 

実はこう見えて、ボクにも小学生だった時代があります。

小学生だったころのボクは、それはそれはかわいかったです。

もちろん今のボクもしっかりかわいいのですが、それに負けず劣らずのかわいさでした。

身長が低かったため、背の順で並ぶときはいつも前のほうでした。たしか前から3番目くらいだったかな?あらまあかわいい。

 

 

 

さて、読売ジャイアンツのV9時代の話はこのくらいにして(あれ、そんな話はしてなかったっけ?)、手紙の話に戻ります。

 

そもそもこの手紙は、ボクのもとに届いたのではなく、まず実家のほうに届いていました。ときは2017年5月、五月病で生きる希望を失いかけていたボクのもとに、突然親から電話がかかってきました。

「小学校の先生から手紙きとるよ」

 

最初なんのことだかわかりませんでしたが、すぐに「ああ、たぶんあれかな」と思い出しました。

 

そして、ここ数日のあいだ実家に帰省していたので、大切に持ち帰りました。

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この手紙がどんなものか説明しておくと、

 

小学校6年生のもうすぐ卒業するという時期、

未来の自分に何か残せないか。という考えから生まれたもので、

20歳の自分にむけて書かれた手紙です。

手紙は担任の先生が預かり、20歳になったタイミングで郵送されることになっていました。

 

 

それでは、いざ開封!

 

……の前に。

ただ開封するだけじゃ面白くないので、小6のボクが当時、

どんな手紙を書いたのかを予想することにしました。

記憶の断片を必死に辿り、当時の自分を思い出します。ああ、あんなことあったなあ。そういえば、こんなこともしたっけ。

 

完成した予言の書がこちら。

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なんか、全然思い浮かばなかった。。。

小6の自分がなにを考えてたかなんて、見当もつきません。

おそらく、小4から始めた陸上についてのことだとは思いますが……。

10年前の自分なんてもはや別人でしょ。

 

未来の自分に向けた手紙にしては、かなり淡白で薄情な文面を作成してしまいましたが、それではいよいよ、開封といきましょう。

果たして幼い日の本田少年は、成人を迎えた本田氏に、いったいどういうメッセージを送ったのでしょうか。

 

◆開封

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過去のボクからの手紙。

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そして、もう一枚手紙らしきものが。

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先にこっちを開いてみました。

どうやら、当時の担任だった青山先生からの手紙のようです。

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青山先生。懐かしいなあ。

小6の頃は楽しかったなあ。6年C組だったっけ。

いいクラスだったなあ。

 

素敵な大人をやれてる気はしないけど、ボクは元気でやってます。

 

そして、気になる本田少年の手紙がこちら。

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20歳の自分へ

陸上がんばっていますか。勉強がんばっていますか。

それとも、他のことをしていますか。

ぼくの予想は陸上で箱根駅伝という大会に出ていると思います。

努力して1位を取れるようにがんばってください。

1人暮らししていますか。犬か猫を飼っていますか。

生活が大変だと思いますが体調に気を使ってください。

さようなら。

 

三月十九日(月) 過去の本田直之より

 

なるほど。

なんか…なんだろう、この感情。なにをどう言い表していいのか。

いろんな思いが心の奥底から湧き出てきました。

 

気づけば、筆をとっていました。

 

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10年前の自分へ。

陸上は、やめました。今はコピーライターという職業を目指しています。

陸上とは全然関係のない人生を歩み始めました。

箱根駅伝には、出られませんでした。

大学4年間、なんとかあがいてもがいてみたけど、無理でした。

夢は叶いませんでした。ごめんね。

ただ、次の人生の夢は、絶対に叶えるつもりです。

1人暮らし、してますよ。賃貸なので、犬も猫も飼えませんが、

それなりに楽しく生活しています。

これからも体調に気をつけてがんばります。ありがとう。

8月13日(日) 未来の本田直之より

 

◆まとめ

昔の自分が今の自分を見たら、きっと意味が分からな過ぎて困惑すると思います。

コピーライターってなに?とか、陸上やめたの?とか。

今の状況をどう説明しよう。そんなことも考えてみると意外と面白かったです。

たぶん、こうならないようにもっと陸上がんばるんだろうなー。

 

今の自分は、過去の自分が描いた理想とはほど遠い。

けど、

今のボクが不幸かといえば、全くそんなことはありません。むしろ毎日が楽しくてしょうがないです。過去の自分も現在の自分も、ボクは好きです。

未来に希望を見ながら、いま与えられている時間を全力で生きる。これからも、ずっとそうでありたいと思いました。

 

最後に、このような機会を与えてくださった恩師の青山先生に感謝します。

どうもありがとうございました。将来、立派になって必ずまた会いに行きたいと思ってます。そのときはよろしくお願いします。

 

 

30歳の自分は何してるかな。楽しみだなあ。

「仕事ができる人」とは、どういう人か。

最近ボクが、アルバイト先で「仕事ができる」と思われているらしいことに気づいた。

素直に嬉しかった。こうしてブログに書いてしまうところがまた、素直で可愛いね。

 

ところで皆さんは、「仕事ができる人」と聞いて、真っ先にどんな人を思い浮かべるだろう。

 

仕事のスピードが早い人か。

はたまた、仕事の量をたくさんこなす人か。

 

「仕事ができる」にはいろいろな解釈ができるけど、ボクは最近、仕事ができる人というのは「たくさんミスを経験した人」だと考えるようになった。

ミスが多いということは、一見、仕事ができない人という印象を受けるかもしれない。確かに、このままだとそう解釈されても仕方がない。

だからここで、もう一つ条件を加える。

「同じミスを繰り返さない人」

どうだろう。これで仕事ができる人の像にグッと近づいたのではないだろうか。

「たくさんミスをし、しかし同じミスを繰り返さない」

それは、ミスの種類が多いということだ。

慣れないことや、初めてのことをするとき、人は必ずと言っていいほどミスをする。仮に偶然うまくいったとしても、なぜうまくいったかがわからないため、いずれミスをするときが訪れる。それは誰しも同じである。

ところが、そのミスを何度も繰り返してしまう人と、すぐにミスをしなくなる人がいる。どういうわけか。

その違いはズバリ、「ミスの分析と対策ができているかどうか」だと思う。

何度もミスをしてしまうのは、なぜそうなったのかを知ろうとせず、「今回はたまたま」という都合のいい言い訳をして対策をろくに立てようとしないからではないか。

反対に、すぐにミスをしなくなる人というのは、なぜミスが起きたのかを分析し、対策を立て、それを実行に移していく。

いわゆる、PDCAサイクルというやつだ。

あたりまえじゃん。と思うかもしれないが、あたりまえほど、あたりまえにこなすことが難しいものはない。

ここで仕事ができる人とできない人の差が大きく出る。

さらに、ミスに誠実な「仕事ができる人」は、ミスをポジティブなものとして受け取ることができる。

なぜなら、ミスをしたぶんだけ成長できるからだ。できないことが見つかり、できるようになる。その瞬間ほど仕事にやりがいを感じられる瞬間はないのではないだろうか。

 

この度、ボクに対して「仕事ができる」という認識を持ってくださった方々が、ボクのどういう部分を見て「仕事ができる」と判断したのかはわからないけど、今後もその人たちの期待を裏切らないようにがんばりたいと思います。

 

ふらり瀬戸内ひとり旅 –直島編–

時刻は16時17分。

 

ついに最後の島、直島に到着しました。

直島に着いてしまえばこっちのものです。なぜなら、直島から岡山(宇野港)までのフェリーは20時過ぎまであるからです。

しかし、そうゆっくりもしていられません。

直島の美術館は、だいたいが17時で受付を終了してしまいます。

最後まで気が緩められないのです。

 

直島はなんと言っても、かぼちゃのオブジェ。

直島を知らない人も、また聞いたことはあるけど場所はわからない人も、草間彌生と、南瓜のオブジェぐらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。

(※ちなみに 犬島は岡山県、豊島・直島は香川県

もちろん、南瓜以外にも直島の魅力はたくさんあるし、南瓜目当てで直島を訪れたボクも直島のよさをたくさん発見しました。

 

地中美術館

スケジュールが押していたので、受付終了時間ギリギリに滑り込みました。絶対間に合わないバスにダメ元で乗ったのに、運転手のおっちゃんががんばってくれて、なんとか間に合いました。入館できたことが奇跡です。

上空から見ると、地中に埋まっているように見える美術館。主に三人のアーティストの作品が見られます。モネの作品とか。

 

◇つつじ荘

黄色いかぼちゃのオブジェが見られるところですね。夕方に到着したので、砂浜にポツンと佇む姿は、どことなく寂しそうでした。

 

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 作品に命を吹き込む草間彌生のアートワークに、脱帽です。

 

つつじ荘近辺は他にもオブジェがあり、

かぼちゃに人が群がっていてなかなか写真が撮れそうにないときは先にそっちを見て回るのもいいかもしれません。

 

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◇直島港 赤かぼちゃ

 

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こちらも有名な「赤かぼちゃ」さん。

毒々しい色使いなのに、どこか可愛らしさを感じるのが、世界中の人々を惹きつけてやまない理由だと思います。

どこがいいのかはよくわからないけど、なんかいいなと感じる物。そして、それを生み出す者。どちらも偉大だなあ〜

 

◇I♡湯

シャレの効いてる銭湯。疲れにも効きます。

ハードスケジュールをこなしてきた一日を締めくくるのに相応しいイベントです。

その名前から想像できる通り、建物も店内も遊び心満載でした。

男女の浴場を隔てる壁の上に、巨大な像が乗っかっているのには驚きました。

ただ、そんなびっくりな光景が霞むくらいの衝撃が、浴槽の底には描かれていました。

 

☆*:.。. 春画.。.:*☆

 

d.hatena.ne.jp

 

 

遊び心、あるぅ!じゃねーわ!!

浴場と欲情をかけた洒落ね。洒落になんねーよ!

お風呂でのタブー堂々の一位だわ!

 

江戸時代に描かれたものとはいえ、けっこうリアルに描かれているので、I♡湯を訪れる際はそれなりの勇気と覚悟をもって。

 

◇瀬戸内海との別れ

時刻は20時を回り、島全体が闇に包まれ始めました。

そろそろフェリーに乗らなければ本当に帰れなくなってしまいます。

たった一日で膨大な量の芸術に触れ、疲弊しきった身体を大型旅客船に運びます。

 

展望席に出て、港から見える直島の風景をぼんやり眺めていると、夜の潮風が疲れた体を優しく労ってくれました。

後ろを振り返れば、海の向こうにはライトアップされた瀬戸大橋が見えました。

 

この瞬間は、今日一日に対する、いや、これまで自分なりの道を歩んできた二十数年間に対する最高のご褒美だと感じました。今までの時間はこのときのためにあったのかもしれないと、そう思えるくらいに美しい時間でした。

これから先も、そのときどきでしか出会えない「人生最高の瞬間」を見つけていけたらなと思います。

 

みなさんにも、ぜひ瀬戸内海に浮かぶアートに触れて、新しい世界を感じてもらえればと思います。一日で三つの島を回ることはあまりお勧めしませんが、宿泊費をかけたくない方、時間が限られている方はボクのプランを参考にどうぞ。お土産代を含め、3~4万あれば十分足ります。(ボクは3持っていって5,6千円余りました。)

 

もうすぐお盆なので少し混むことが予想されますが、興味のある方はこの機会に行ってみてください。

 

次はどこ行こうかな。

 

 

終わり。