なおすけの日記

来る者は拒まず 去る者は追い回す

一年間ブログを続けたら、こんなにいいことが!

早いもので、ブログを始めて一年が経ちました。

 

ブログを始めたきっかけは、なんか面白いことしたいなーくらいの軽いノリだったっけ。いや、文章を書くトレーニングの一環としてだっけ?正直、あまり覚えてないんですよ。まあ無理もないか。だってみなさん、一年前の今頃、具体的にどんなことをしてたか覚えてます?

 

ちなみにボクは覚えてます。

なぜなら記録していたから。

 

記念すべき、一記事目

 

hondanohondana.hatenablog.com

 

 

岡山マラソンに出て、そのあと全身激しい筋肉痛に襲われ、悶えてました。

 

hondanohondana.hatenablog.com

 

 

このように、ブログを書いてみてよかったことは、なんといっても自分がどの時期にどんなことをしていたか思い出せることですね。昔を懐かしむことができます。「懐かしい」っていう感情、とってもステキだと思うんです。

 

こんな感じで今回は、ブログを書いてよかったことを紹介していきたいと思います。

 

<目次>

 

 

◆ブログをやってよかった!10のコト。

 

①昔を懐かしむことができる

 

さっき言ったようなことです。こいつアホやな、と思いながらも、そんな過去の自分が愛しくなります。

 

 

②考える力がつく

 

前回記事にもちょこっと書いたんですけど、考える=書く ってことだと思うんです。

頭の中で考えていることを文字にすることで視覚的な情報に変換され、そこから新たな考えが生まれたりします。

 

 

③自分がどんな人間か知ってもらえる

 

真面目なことを書けば真面目だと思われるし、ふざけたことを書けばふざけたやつだと思われます。

これはいいことなのかどうかグレーではありますね。

基本的にブログは自分の考えていることを書く場なのに、リアルのボクとのギャップを感じる人が多いみたいで、余計何考えてるかわからないと思われがちです。

 

 

 

 

 

 

 

 

……すいません、ここまで3つほど挙げたんですけど、よく考えたらそんなにいいこと出てきませんでした。たぶん中途半端に続けてきたからだ。全然思いつかん。

 

 

だけど、「10個くらいポンポン出るだろ」という頭ポンポンのボクが最初に数を指定してしまったし、このまま引き下がるのもかっこつかないな〜。

 

 

というわけで、ここからは「無理矢理」「でっちあげ」「ゴリ押し」「嘘つけ」要素満載でいかせていただきます。信じるか信じないかは、各々で判断していただければと思います。念のため先に謝っておきます。すみません。

 

 

④文字が語りかけてくる

 

なんですかその目は。もしや、疑ってます?

 

なるほどね。さっきボクがあんなこと言ったからだ。

でも考えてみてくださいよ。はたして、言ったそばからデタラメかますようなボクでしょうか?それは流石に、あまりにも芸がないというか。

 

あ、あーわかった。あなた、「ボールと友達になる」みたいなことをキレイゴトだと思っちゃうタイプだ。なに言っちゃってんの、翼くん。そう思っちゃうタイプだ。やだやだ。これだからリアリストは。

 

 

⑤書くことで、あらゆる欲が満たされるようになる

 

ついにボクもここまできたかぁ。って感じ。

人には三代欲求(食欲、性欲、睡眠欲)が備わっていると言われますが、その全てを「書く」これ一つで解決できるようになります。ハラヘッタなー。書く。ムラムラするなー。書く。眠いなー。書く。最高。

 

 

 

そしてメシ食って抜いて寝る。最高。

 

 

⑥バカみたいにモテる

 

もうね、べらぼうよ。べらぼうにモテるわけ。

なんでだろうね。書いて書いて書きまくってるうちに、文豪のにおいがしてくるのかね。芥川みたいな。太宰みたいな。渋さというかなんというか。知性からくる色気のようなものが滲み出てくるんだろうね。

 

 

え?なに?

いやいや、これはあれだから。ちげーから。

…泣いてねーし。

 

 

⑦なんかいい

 

これはもうね、説明不要です。

「なんかいい」。この一言が全てを物語ってます。間違いない。完結してる。隙がないよね。

「なんかいい」とは、これこれこういうことである。なんて解説を始めようものなら、目もあてられない。下品。野暮。ほとんど下ネタですわ、そんなもん。

賢いみなさんならわかってくれるはずです。頼みますから、「なんかいい、とは?」なんて疑問、間違っても抱かないように。

 

 

⑩もう終わっていいですか?

 

もうよくないですか?

というかもう勘弁してください。

ちなみにですけど、ここまで読んでくれてる人います?読んでくれてるとしたら一言だけ言わせてください。

頭大丈夫ですか?

もう少し時間の使い方考えたほうがいいですよ。バカでしょ。大好き。

 

 

◆まとめ

 

こんな感じで、中途半端に、自由に、なんでも書くことができるのがブログの一番の魅力だと思います。

お金をかけずに楽しむことができるし、うまいことやれば人を楽しませることもできます。ボクはもっぱら自己満の道具として使っています。

日記やメモ帳みたいな使い方も全然ありだと思います。あまり興味ないですけど、アフィリエイト(広告)というものを活用すればお金も稼げるみたいです。みなさんもぜひ軽いノリで始めてみたらいいと思います。

 

 

 

そしてこれからもなおすけの日記をよろしくお願いします。

宣伝会議 コピーライター養成講座 基礎コースを修了しました。

あ、どうも。お久しぶりです。

宣伝会議賞という賞の応募に取り組んでいて、あまりブログを更新できていなかったので、これから徐々に再開していきます。どうぞよろしくお願いします。

 

< 目次 >

 

 

◆第112期 コピーライター養成講座基礎コースを修了しました。

ものすごくいまさらな感じがありますが。

というのも、修了式があったのは10月7日。一か月以上前ですね。

開講式が4月22日だったので、約半年間通ったことになります。

 

◇通ったきっかけ

始まりは、友達に「広告(業界)とか向いてそう」と言われたこと。

やりたいことが見つからないまま、「とりあえず教職は取っとけ」と親に言われていたので大学時代は体育教員を目指していました。

目指していたといっても、そこまで乗り気ではありませんでした。公務員という安定した職業を人生の保険にしていたということです。

(今だから言えるけど、こんなやつは教員になってはイケナイのです。なめんな! って話です。スミマセン。)

 

友達からそんなことを言われたのが、大学3年の冬。教育実習の直前。

(広告ってなに?チラシとか看板とかのやつ?)

家に帰って調べてみると、お、なんだかおもしろそう。そのとき漠然と「書く」ことを仕事にしたいなーと考えていたので、やるとしたらコピーライターがいいな、と思いました。

そしていろいろ調べてたどり着いたのが

宣伝会議 コピーライター養成講座 です。

 受講料16万。

よし、この道で生きていこう!と決心したボクは、死ぬ気で親にお願いしました。

 

ここで一度みなさんに想像してほしいのですが、

自分の子供が唐突によくわからない仕事をしたいと言い出して、そのための勉強をしたいから16万貸してくれと言われたらどうします?しかも就活をほったらかして。

 

ボクだったらまあ、とりあえずぶん殴るかな!

 

結果的に、なぜか貸していただけることになりました。

借りれなかったら学生ローンのお世話になろうと、当時は真剣に考えていたので、必死さが伝わったのかもしれません。

父ちゃん母ちゃん、ありがとう。いつか絶対返します。

 

◇通ってみての感想、気づいたこと

結果から言うと、通ってよかった!と思えました。

これを仕事にするゾ!という気持ちが強まりました。

 

コピーライターというくらいだから、書くことが仕事なのかと思っていましたが、それは少し違いました。書くことはオマケみたいなもので、実際には「考える」仕事であると気づきました。

というより、「書く=考える」だな、と。

 

頭の中で考えているだけでは考えているとは言えず、それをカタチにすることで初めて「考えている」ということになる、と個人的には思っています。

カタチにする手段としてコトバを使うのが、コピーライター。

グラフィックを使うのが、アートディレクター。

(広告においての話ね。)

 

これが、「コピーライターなんて誰でもなれる」と言われている所以(ゆえん)です。だってほぼ全員、普段から当然のようにコトバを使って生活しているから。

言ってしまえば、資格もスキルも必要ないのです。

実際ボクも「コピーライター? なんか、これならできるかも!」と思うところから始まりました。小4から大学卒業まで陸上競技しかしてこなかったボクが、です。(普通の技術職ならそうはいきませんよね?)

 

ただし、プロとしてやっていくとなるとハナシは別です。

 

残念ながら、中にはコピーを「なんとなくうまいこと言うもの」と認識している粗悪なコピーライターもまだまだたくさんいるようです。(そのことを嘆いている講師の方もいました。)

 

やるからにはもちろん、ボクはプロを目指します。

 

◇得られたもの 

いまからクサイことをいいます。そういうのが好きな人はこのまま、苦手な人は反吐を出しながらがんばって読んでください。

 

ボクは幸運なことに、がんばりが報われて金の鉛筆も何本かもらえたし、名だたる講師の方の貴重なアドバイスもたくさんもらえました。

しかし、そんなことはどうでもいいと思えるくらい得られてよかったものは、ズバリ仲間です。

一緒にコピー書いたり、書いたコピー見せ合ったり、将来どうなりたいか語り合ったり。

 

なにより仲間ができてよかったと思うのは、悔しさをめいっぱい感じられることです。

 

知らないやつのコピーが講師の方に褒められても、「いいなー」ぐらいにしか思わないけど、いつも一緒にいる仲間が褒められたときの悔しさは、尋常じゃありません。

器が小さいとか人間として終わってるとか性格悪いとか思ってもらって構いません。仲間の書いたコピーが評価されたとき、心の中では全然喜べませんでした。ただただ悔しい。

そんな気持ちにさせてくれる仲間に出会えたことだけで、受講料のもとなんて余裕でとれたと思います。(ちなみにみんなめちゃくちゃいい人です。スキ。)

 

これを読んでいる、これから受講しようと思っている人がいたら、ぜひ、たくさん仲間を作ってください。それだけで成長スピードは変わると思いますよ。

 

※金の鉛筆 宿題で提出したコピーが評価されると、もらえるやつ。

 

◇今後のなおすけ

 

就活。以上。

 

 

あ、あと、中村禎クラスに通います。(さっそく明日から。)

第15代中村組です。ワクワクです。楽しんできます!

 

 

おわり。

 

 

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(卒業制作が一位に選ばれて、仲畑さんから修了証とDVD〈仲畑貴志仕事集〉をもらうボク)

写真提供者:神原さん (ありがとうございます!)

 

おっさんを吸いすぎて、体調を崩しました。

こみ上げる吐き気。

冷えていく身体。

噴き出す冷や汗。

 

なおすけは目の前が真っ暗になった。

 

……

……

……

…目が覚めると、そこは駅の救護室でした。

 

 

どうも。なおすけです。

ほんとうに危うかったです。死んだかと思いました。

 

◇駅で救護されたよ

 

その日は、何の変哲もないいつもの日常でした。月曜の出社日。強いて変わったところがあるとすれば、台風21号の日本上陸による気圧の低下、その影響により遅延した通勤電車の車両混雑度の上昇といったところでしょうか。

 

午前8時。連日宣伝会議賞に夢中で寝不足ぎみな身体をなんとか駅まで運び、スーツ姿のサラリーマンでごった返した箱の中に押し込みます。

 

都心に近づくにつれ乗車率も増していき、気づけば目の前には50代?くらいのおっさんが。

これにはたまらず、なおすけ青年、魂の嘔吐(えず)き。

朝からおっさんと抱き合わねばならないこの世界。

神様お願い。車両を増やすか、おっさんを減らしてください。

 

歳を重ねるとボクもこんな臭いを放つようになるのかな、いや気づいてないだけで実は既に…と、悲しいことを考えながら降車駅に着くのを待ちます。

 

そしてその時が訪れます。

降車駅の到着ではありません。体調の急変です。

 

ここで、50代おっさんの肩を持つわけではありませんが、一応弁明しておくと、あくまでもおっさんはトリガーに過ぎないということです。

 

もちろん、引き金を引いたのがおっさんであることに変わりはありません。氏が、終始異臭のする銃口をボクに突きつけていたことは動かしようのない事実です。

肺の中で、体内の二酸化炭素と、おっさんと酸素の混合気体「おっ酸素」の交換が長時間にわたって行われた結果、ボクの身体はおっさんでパンパンになっていました。おっ酸素の過剰摂取です。

 

しかしその他にも様々な要因がありました。まず先ほども言ったように、寝不足です。そして、栄養の偏り。自炊の時間が惜しく、最近はコンビニ飯で済ませることが多くなっていました。

 

そういう悪条件が重なって、冒頭で記述したような、吐き気、めまいに襲われ、冷や汗が噴出し、降車駅3つ手前での途中下車を余儀なくされました。

 

視界が狭まる中、最後の気力をふりしぼり見つけたホームのベンチに座り、グッタリしているところを、駅員さんに拾われました。そして車椅子に乗せられ救護室まで運んでいただきました。(病人として初めて車椅子に乗りました。)

 

そのときのボクは本当に顔色が悪かったみたいで、「救急車呼びますか?」と聞かれましたが、救急車デビューするにはまだ早いという変なプライドから、どう見ても大丈夫じゃない人間の「大丈夫です。」をしぼり出しました。

 

 

◇後日談

 

おそらく貧血だと思います。

 

その日ボクは東新宿駅の救護室で少し横になり、会社に欠勤の電話を入れ、帰宅することにしました。

 

宣伝会議賞に夢中になるあまり寝不足、栄養不足に陥り、宣伝会議を欠勤してしまう(ボクは宣伝会議でバイトしているのです。)という、なんというか、飼い犬に手を噛まれるといいますか。いや、この場合飼い犬はボクの方だから、飼い犬が主人の手を噛んだ話…?

うーん。でもボクもダメージを負っているからなあ。

 

とにかく、バイト先と駅員さんにはご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした。

 

みなさんも、体調管理と満員電車には十分お気をつけください。

世界五分前仮説。

みなさん、昨日は何をしていましたか?

それ、偽の記憶かもしれません。

 

どうも、なおすけです。

今回はオカルトチックな話です。

 

世界五分前仮説とは

d.hatena.ne.jp

 

「世界は実は五分前に始まったのかもしれない」。さらっと言ってんじゃねえよ。始まったのはお前の妄想じゃい。

 

そんな気持ちを一旦抑え、冷静に考えてみると、この説を初めて聞いた人はあることに気づくと思います。「いや、五分以上前の記憶あるけど。」

ボクも最初はそう思いました。

しかしこの説のよくできた?ところは、その記憶すら偽の記憶であるということです。五分前に神かなにかによって植えつけられた、偽りの情報だということらしいです。

 

ボクはあまり賢くないので、これに対する反証を立ててみよう!とかってことは微塵も、ミジンコほども思いません(その手のサイトはたくさん転がってるので探してみてください)が、なんかちょっと面白くないですか?

もし仮にこれが本当なら、これまで生きてきた時間はいったい何だったのでしょうか。あ、生きてすらないのか。

じゃあ、ボクの子ども時代の、かけがえのない思い出たちは?

5歳のころから始めたサッカーでたくさん仲間を作ったこと。サッカーの才能がめきめきと頭角をあらわし、ヴェルディユースにまで選ばれたこと。大好きだったサッカーに見切りをつけ、芸能界に飛び込んだこと。

 

あ、これ、竹内涼真の記憶だったわ。

 

 

自分を竹内涼真に 作ってくれなかった五分前の神を恨みつつも、

「もし、本当に五分前に世界が始まったのだとしたら」なんて考えてみると、

何気ない今が、新たなスタート地点に変わります。

仕事で行き詰まったときや、悩みを抱えているとき、

そんなことを考えてみるのもいいかもしれませんね。

 

短すぎてもはやこれはブログなのか?と疑っちゃうような、ってかこんなもんよそでやれよ。と思われても仕方がない、なおすけの切なくも儚い非常にざっくりした、ざっくりしすぎた、ざっくりさせすぎた日記。

生きた。

Twitterの秋。

こんにちは。なおすけです。

9月に入り、季節はすっかり秋ですね。

夏が過ぎ去って、「夏ロス」でなにもやる気が起きない人も多いのではないでしょうか。そんなときは、無理せず家でだらだらしましょう。

今回はそんなみなさんのだらだら時間のおともにと、こんな記事を書いてみました。振り落とされないよう、しっかりとついてきてください。

 

【人間レベル底の底】

なおすけの過去ツイート大発表会

 

各種ツイート目次

 

クソ大学生だったころのボク

 

 

 これぞ大学生。といった感じですね。出席する理由が、「みんな出席しているから」だったころのボク。

 

歌ネタ

 

 

替え歌のよさは、誰もが気軽に楽しめることですね。そして、スベってもめげないことが大切です。

 

日常系 

 

 

ほっこり。

 

下ネタ系

 

 

こいつ最低だな。マジで。

 

暇かよ

 

 

世界一無駄な時間は、こうやって作ります。

 

言葉遊び

 

 

腹立ちません?

今度ボクに会ったとき、一発殴っていいですよ。

 

危険思想

 

 

おクスリやってますか?ってよく聞かれます。やってるのかもしれません。

 

 まとめ

 いかがだったでしょうか。

 読んでくれた人が少しでも興味を持ってくれてフォローしてくれれば、と思っていたのですが、ボクだったらこういうやつとは関わりたくないなー と思ってしまいました。

過去の記事を遡っていくと、あのとき自分はこんなことを思っていたんだなー。とか、そういえばそんなこともあったなー。とか、いろんなことを思い出して、思い出にふけることもできました。内容が内容なだけに、非常に薄っぺらい思い出しか出てきませんでしたが。

そもそもツイッターって、いったいなんなんだ。

あなたにとってツイッターとは何ですか?

 

他にももっとくだらないこと、意味不明なこと、人として最低なことを不定期に吐き続けているので、

気になった方はぜひフォロー&チェックしてみてください。おすすめはしません。

 

【自由研究】一日スマホを禁止してみたら、とんでもないことになった。

どうも、なおすけです。

今回の記事タイトル、YouTubeか。

 

【 目次 】

 

 

◆24時間、スマホを禁止してみた

まず、なぜこんなことをしようと思ったか。の説明から。

 

そもそも、最近の若者はスマホに依存しすぎている。昔はスマホなんてなかった。それでも人々は不自由なく暮らせとった。不自由どころか、今よりも幸せじゃった。人とのつながりは今よりも強く、いつでもどこでもつながれないからこそ、強固なものであったのじゃ。それが今はどうじゃ。朝起きて、おはようの前にまずスマホ。身支度しながら片手にスマホ。移動中にもがっつりスマホ。休憩中にもほらスマホ。待ち時間にも隙あらばスマホ。...ああ、なんということか。楽しい時間は、現実にこそ求めるべきよ。そうじゃろう?こんなの絶対にまちがっとる!

 

という時代錯誤も甚だしいジジイの教訓めいた動機ではなく、

 

単なる 好奇心 です。

 

しかし教訓大好きジジイが言っていることもなくはないです。

SNSのせいで人生の貴重な一日を棒に振ったことは何度もありますし。

そのたびに「自分はなんてダメな人間なんだ...」と落ち込みます。

スマートフォンにはもれなく時間吸収機能がついてくると言っても過言ではありません。そう考えると、携帯ショップでの手続きが、悪魔との契約のように思えてきます。便利で楽しいコンテンツと引き換えに、人生の貴重な時間を奪われる。そして新世界(2次元)の神となる。「目」の取引をする者まで(ドライアイ)。

 

では、スマホがないとボクたちはいったいどうなってしまうのだろう。

そんなことを考え、

今回「自由研究」と題して 一日脱・スマホ生活 を実施するに至りました。

 

〈ルール〉

・禁止時間は朝9時翌日の朝9時

・開始後は、スマホ一切触れない

スマホを使用する以外は何をしてもいい。

 

時間を9時に設定したのに深い意味はありません。

その日は朝7時に起きたので、心の準備も兼ねてキリのいい時間に。

スマホは、あまり使ってない自宅のロフトに隔離。

 

◆開始30分前

恋人と別れる前のような切ない時間でした。あ、それ以前に恋人すらできたことないんですけど。

ももし恋人と別れることになったら、最後の時間は、こんな感じなんだろうなあ。そんなことを思いながら、泣きつくようにスマホをいじり倒しました。

「頼む!もうちょっとだけ!もうちょっとだけでいいから一緒にいて!いや、ていうかやっぱ、俺たちやり直さない?こんなのおかしいって!冷静になって、もう一回話しあお?ね?ダメ?お願い!お願いします!なんでもしますから!」

 

「...ホントになんでもする?」

 

「な、なんでもします!」

 

「じゃ、別れて」

 

◆開始

ついに始まってしまいました。

いってもまだ序盤。心には余裕しかありません。

その日の予定は特になかったので、とりあえずファミレスで本でも読もうと思いました。

と、その前にまず郵便局に用があったので郵便局に行くことに。

 

◆郵便局にて

さてここで第一の試練、「待ち時間」が訪れます。

みなさん、待ち時間はなにをしますか?

電車の待ち時間、料理が出てくるまでの時間、エレベーターの待ち時間。

言うまでもありません。

無意識に右のポッケに手が伸びます。

「だよなあ」

あきらめて、虚空を見つめます。屍のように。

それから窓口の人に呼ばれるまで、約5年かかりました。

ボクにとってはそれほど長い時間に感じられました。実際には5、6分程度だったと思います。

これからは郵便局を「精神と時の部屋」と呼びたいと思います。ボクが「ちょっと精神と時の部屋でお金おろしてくるわ」と言ってもびっくりしないでください。

 

◆ファミレスにて

午前中で用事を済ませたボクは、予定通りファミレスに向かいました。

ファミレスにつくと軽い食事を済ませ、本を読み始めます。

ここで思わぬ効用が。

スマホがない状態での読書は、驚くほど集中できました。

いつもならスマホが気になったり、意味もなく時間をチェックしたりで、すぐに中断してしまいます。ラインやメールが来るとなおさら。

しかし、スマホ亡きいま、ボクの選択肢には「読書」と「ドリンクバー」しか残されていません。おかげで一冊の本をほぼノンストップで読破できました。

脱・スマホ生活、恐るべし。

ただここで問題が。

「いま何時?」

 

◆そうねだいたいね

読書に集中しすぎて完全に時間感覚が狂ってしまいました。

普段時計を身につけないボクにとって、スマホは時計がわりでもあったのです。

意味もなく時間を確認することもあれば、もちろん必要に駆られて確認することもあります。今回はどちらかというと必要ではない場面でしたが、なぜか、確認しなければならないという衝動に襲われたのです。

 

古代ギリシアの哲学者、アリストテレスも「人間は社会的な動物である」という言葉を残していますが、時間という概念に縛られて生きているボクらは、常に時間を把握していないと不安になるようです。幼いころから「時間は守れ!」と口酸っぱく言われて育ってきたせいもあり、ゆとり世代のボクでも時間に対しては行動を強制させられる何かを感じます。

 

ファミレス内をうろうろし、必死に時計を探すボク。

変な汗いっぱいかきました✨

 

◆帰宅

ボクは恐くなりました。

いや、最初から。もっと言うと、始める前から。ずっと恐れを抱いていました。

 

大事な連絡が来たらどうしよう。

 

バイト先から連絡があったらどうしよう。

親から緊急の連絡があったらどうしよう。

 

今ボクは一人暮らしをしているので、ボクと連絡する手段はスマホ以外にありません。そんなことを考えていると、なんだかとても不安になり、よくないことばかり浮かんできてしまいます。うずうず。そわそわ。「うずうず。」「そわそわ。」気づけば口に出していました。

しかしここでやめるわけにはいきません。

いまルールを破ってしまえば、いままでの苦労が無駄なものになってしまうからです。

これまでに、何度ツイートしたいと思ったか。何度インスタを開きたいと思ったか。

 

机の上に置いてあった「GRIT やり抜く力」という本も鎮静剤となり、なんとか思いとどまることができました。

というか、もう、あまり考えすぎないように努めました。さっさと飯食って寝ちまえば、こっちのもんです。

 

◆就寝

いつもはスマホのアラームを使っていますが、今回はそれすら許されません。置時計のアラーム機能を使って時間を9時にセットして寝ます。

寝る前についついスマホに手が伸びてしまい、ずるずると睡眠時間が削られることもないので、極めて健全な眠りにつくことができました。スヤスヤという音が聴こえるほど、スヤスヤ眠れました。

 

◆起床、スマホ解禁

朝起きると、待ってましたと言わんばかりにロフトへ駆け上りました。

幸い、それほど大事な連絡は入っていなかったのでホッとしました。

ただ、一日スマホを放置しただけで世間から置いていかれたような気分になりました。失われた24時間といった感じ。うわ、サマーウォーズやってたのか。知らなかった。

久しぶり(たった一日なのにご無沙汰感がある)のスマホをめいっぱい堪能し、気づけば1時間が経っていました。やはりスマホには時間吸収機能がある。まちがいない。

 

◆研究結果報告

今回の検証で、ボクがいかにスマホに依存しているかを改めて痛感させられました。スマホ禁止中であるとわかっているにも関わらず、つい右ポケットに手が伸び、あるはずもないスマホを手探りしてしまうことが何度もありました。

しまいには、ポッケに振動を感じるまでに。スマホを恋しく思った右腿が、あるはずのないスマホをポケットに具現化してしまうという現象が起きたのです。これはもう、範馬刃牙の世界です。これを応用し、イメージを具現化することで創り上げた彼女と付き合うことも不可能ではないのかもしれません。ボクは真面目に言っています。

 

そして、スマホを放置すると、自分はよくても他人に迷惑をかけてしまう危険性があることにも気づきました。

相手からの連絡を一方的に遮断することになるため、もはや今の時代、スマホを持っていなければ人に迷惑をかけてしまうことになります。スマホは社会とつながるためのチケットとも言えるかもしれません。

 

【結果】

一日スマホを禁止してみると、人間の無力さに気づく。

 

 これを機に一度、スマホとの上手な付き合い方を考えてみようと思います。

以上です。お疲れ様でした。

 

 

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